お互いさま おかげさま ありがとう

両親の介護も一段落 双極性2型障害と気長に共生中

「継続すること」はいつか他者に働きかける力になる

 

さすがに眼精疲労で目が霞んできた気がするな。アホやな、私(ーー;)

 

これ、noteの方にいいかな、と思ってまとめたんですが、せっかくですし、はてなの方にも載せようかな、と思った次第です。読書の記事はまだまだ完成しないので、のちほどということで、すみません(^_^;)

 

 

自分にチャレンジしてみる

 

なにげなくnoteを始めた私ですが継続率が高くないとお聞きしたのは意外でした。がっつり文章を書くのが好きな人が多いと思っていたので。

 

私は2004年の11月に「文章がうまくならないかな」でラブログでブログを始めました。その後ブログサービスの終了に伴って ラブログ→FC2→はてな と移ってきました。いつのまにか20年あまり経っていました。

 

私は数字を気にしないのでインポート&エクスポートで続けていたらふと気がつくと記事が1万越えていました。いつのまにか習慣化して、顔を洗わないとか歯を磨かないとかお風呂に入らないとかが気持ち悪いように、「ブログを書かない」のが気持ち悪くなっていました(^_^;) 「書かないと気持ち悪い」結局それで続いた感じかも。

 

ブログを書くうちに自分が病気についてあんまり深刻に悩んでいないことに気がつきました。そのへんのきっかけで心理学とか精神疾患の本をよく読むようになりました。病気すらも知ることが楽しいとか思っちゃって(^_^;) しんどいけど、深くは悩んでないかもしれません。

 

まあ、希死念慮は中学生ごろからずっとあったから珍しくなかったし。でもそういうのも波はあって一過性のものも多いから。「もうちょっと冷静に見てみよう」の積み重ねですね。この頃ではあまり感じなくなりました。なんだろうな?絶望よりも好奇心みたいなもののほうが大きいかも(^_^;)

 

そのうちに自分の病気と自分自身とにいくらかの距離があるよな、と思うようになりました。その距離の部分でいつのまにかセルフカウンセリングが出来るようになったみたいです。結局自分が最高の味方(^^)これが自己確信かもね(^^)

 

親の葬儀の日も引っ越しの日も休まずに書いてた。ちょっと依存症っぽいですかね?(^_^;)

 

思い出せる限り、ブログでもTwitterでも炎上したことないです。これは感性が合う方のみが来てくださるおかげかな?(^_^;) 一番読者様が多かったのがラブログ時代で、今は全然その頃に及びません。でもアクセス数とか見てないから気にしてないし。

 

 

 

 

無限の可能性

 

ブログを続けた収穫は結構あります。

 

①  セルフカウンセリングができるようになった。
自分を観察して研究して分析して対処法を考えて、実行して記録する。の繰り返しですから。

② 備忘録としても優秀。
日々の出来事を忘れても検索すれば見つかるからありがたい。

③  いつしかご縁のあった人たちから信頼されるように。
不思議ですが本当です。

④ 人を笑わせるのが楽しくなった。
いつのまにか一人で「ボケ&つっこみ」が出来るようになった(^_^;)

 

双極性障害は循環器質だというのを実感したりして。全然知らない人とでも結構喋ってるな(^_^;) 単に私がコミュ障じゃないってことかもしれないが。思春期の大人しさはどこへやら?特に介護をきっかけで多くの人と話すのが楽しくなった(^^)

 

 

あれ?いつのまにか…


いろんな方のブログを見ていると、去年は毎日せっせと更新してらして、非常に熱心だった方が、今年になってからぴたっと更新がとまってしまい、いまだに再開されていないケースがあります。ご家族の話では他のことでも短期集中タイプらしいです。
 
例えば楽器の練習とかなら、楽器を揃えて1~2ヶ月は明けても暮れても練習三昧。でもそれも上手くなってからぴたっとやめてしまわれるとか。

飽きっぽいタイプなのかなあ?私から見ると勿体ない気分が大きいのですが、その方から見るとそれが生来のリズムで典型的な短距離走タイプとでもいいますか。私はしつこくほそぼそと継続する長距離走タイプなんですけどね(^^;) 
 
なんかもう価値観の違いに過ぎないのかもしれませんが。えー、もうやめちゃったの?勿体ないなあ、と思えて仕方がありません。すごい余計なお世話なんだけどね。まあ、世の中には長距離が苦手な人もいますよね。

 

ブログの更新をわずか1年でストップさせてしまった人のことを勿体ない、と言ってたんですが、改めてどうして勿体ないのか考えてみたら、仮にこれが会社とか仕事に関することだったら「すぐにやめちゃう」というのはせっかく地味に築いてきた信頼を放棄するような印象があるからかもしれません。

 

 

積み重ねる長所

 

blogs.itmedia.co.jp

 

jinseinokiduki.com

 

seikatsu-hyakka.com

 

いや、べつに個人レベルのことならそんなに気にする必要はなくて、一旦休んでまた再開しようが問題ないですが、仕事になるとどうしても違うよなあ、と思いました。

 

いやー、主に健康上の理由で仕事を4回変わった私は偉そうなこと言えませんが…。それでも最も長く続いたデザイン会社(やめたのも私の理由ではないです。バブルが弾けたあおりみたいな感じ?)の場合は、そもそも高校時代から「近所の印刷屋さん」ということで、自分のイラストを持参して同人誌に出来ないか相談してたんです。いまみたいにデジタルで手軽に同人誌作れる時代じゃなくて。
 
その時に原稿を持参していますので、あちらの印象に残ったらしく。
 
で、一旦は小児科医院に勤めてあいだを6年くらい置いてタイムリーなデザイン会社の募集面接に行ったら、高校の時から私が絵を描いていたことを覚えていてくださって、どうやらその継続に意義を感じてくださったみたいなんですね(^^;) 「まだやってたんや!」と言われた。はい、やってたんです(^_^;)
 
ご縁って面白いね。面接に自分のイラスト集を持参する私も私ですけど(^^;)  でも「作品」ってそんなものだし。いまでもオンデマンドで本の形にしているのはいつでもどこでも見ていただけることをも前提にしています。ポートフォリオ兼用ね。
 
でも就職にそれがものを言って「長く描き続けている」という事実が評価されたのも本当です。自分がそんなに努力をしているとは思わないです。ただ、なるべく投げ出さないようにしてるだけ……(^^;) 実際のところはそんなもんですね。

 

 

私から見るともったいないと感じる

そういえば京都には何百年続く老舗がたくさんありますが、派手な宣伝などしなくても地元の人も観光客の多くもが知っているという。それがとても地味だけど多分「継続の力」。
 
意識に登っていなかったけど、私の中にそれが残っていて、仕事を兼ねたブログを早々に終わらせるのは勿体ないなあ、と思った次第です。
 
継続はいつか信頼になりますね(^^) どうもそれは確実なことのようです。
とても地味だけど、長年積み重ねてきたこと、継続してきたという事実は他人に対して説得力が増すかもしれないね。派手な実績でなくても続けてきて生まれる結果でそれが地味な実績になり得るのかもしれないですね。

 

 

羽生善治『何かに挑戦したら 確実に報われるのであれば、 誰でも必ず挑戦するだろう。報われないかもしれないところで、同じ情熱、気力、モチベーションをもって継続しているのは非常に大変なことであり、私は、それこそが才能だと思っている。』        

              ー月曜日の名言|Hacks for Creative Life!

 

 

書き留める効用、記録する効用、自己分析の面白さなどを知るようになったのも「書くことを続けていたから」だと思います。いわゆる言語化ですかね。そういう地味な力を痛感しました(^^) 

 

双極性障害研究の加藤忠史先生のゲノム解析の研究に参加させてただいたり、ライフヒストリーのまとめにも参加させていただいたり。毎日しんどいけど、別にしんどいなりに生きてたっていいやんね、と思うし(^^;)

 

 

 

ああ、これって生きることそのものじゃないですか。成功を夢に見ず、報いを求めず見返りを期待しなくても生きていることに意味があり、文章を書くことは私にとっては内省そのものですね~(^_^;) だからいまも毎日充実しています。

 

 

長くなりました。ここまで読んでくださったかたがた、どうもありがとうございました(^^)

 

 

 

 

 

 

 

あ、しっぽ忘れてる

 

 

 

 

 

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