人間用の充電器が欲しい
手を伸ばせば届くから、とベッドの横に必要なものをほとんど並べて作業療法士さんに「えー?」と言われたけど、私の場合はどうしても動かないといけないことがあるし…。買い物や調理やゴミ出しや郵便のチェックや。入浴は昼間のうちにちゃんと毎日やってるし。コンビニにもスーパーにも行きますが、時々倒れそうになります。動悸がしていることが多いです(-_-;)
でももうちょっと足腰に筋肉がつかないかなあ、とはこっそり思っています。歩くと足も腰もすぐにだるくなるしね。
ここでは読書も充電も全部可能です(^^;) 縁台の桧がいい匂い(^^) 人間がスムーズに充電出来たらいいんですが、これがなかなかですね。時々エネルギーの高速充電器が欲しくなりますよね。
この時期になるべく家で大人しくこもってろというのは
— 藤本恭子(はるうさぎ)/双極性2型障害と共生中 (@haruusagi_kyo) 2021年5月7日
あるいは天の意志かもしれないけど、
大阪にも知り合いはおるんよ。なんとかしてよ(;_;)
そうだね。いま私が身体が辛くて動けないのは
— 藤本恭子(はるうさぎ)/双極性2型障害と共生中 (@haruusagi_kyo) 2021年5月7日
感染から守られるように天意なんだわ、
と思っておきます。そうしたらありがたくて
素直に聞こうかなあ、という気になるし(^^;)
病気は天からの「休め」というサインなのかもね(^^;)
エッセンシャルワーカーも医療従事者も
しっかりと守ってください。
「本当にやりたいこと」に気づき幸せに生きる方法
これは以前にも言ってたと思いますけど、お時間があれば聞いていただきたいのが精神科医のkagushun先生の「ココロに効くラジオ」です。人生の幸福度を上げるためにはなにが必要か?というテーマですけど、これを聴いていると、ああ、ほとんどが私と同じだなあ、と思いまして(^^;) 悩んでいる人の参考になれば(^^;)
自己啓発書に頼らない自己分析ですね。自分をどんどん観察して、書き留めて少し距離を置いていけばセルフカウンセリングが可能になります。私は知らず知らずにブログでそれをやっていた。自分のことだからやはり最も信頼出来ます。幸せがどういうものかもわかるし、自分軸も明確になるし(^^;)
ストレングス・ファインダーでは「内省」がもっとも強いですし、「運命思考」も強いと思っています。過去の経験の意味があとで理解できて腑に落ちるパターンはものすごく多いです。
「幸せになるにはどうすればいいですか?」と言う人は多い。
— kagshun/EMANON@精神科医 (@kagshuntravel) 2021年5月7日
一生懸命に生きているのに幸せを感じられない。生き方の正解を探しては自己啓発本を読み漁り、他人の生き様を真似ようとSNSに没頭する。
でも、それで幸せになった人を私は見たことがない。
なぜなら答えは自分の中にあるから。
続
自分はどんな人間なのかを分析する前に、答えを他者の中に求めても徒労に終わってしまう。
— kagshun/EMANON@精神科医 (@kagshuntravel) 2021年5月7日
自分の個人的な資質や強みを理解して、自分の価値観に沿った生き方をすること。言い換えれば人生のコンパスを持つこと。これが幸福に生きる秘訣。
他人の価値を歩んでる間は刹那的な幸福しか得られない。
続
自分の人生は自分で決める他ない。社会は答えをくれないし、親の命は儚い。
— kagshun/EMANON@精神科医 (@kagshuntravel) 2021年5月7日
逆に言うならば、どうとでも生きられる、どこへでも行けるということ。その圧倒的自由は人を困惑させるかもしれないが、自分のコンパスを持っていれば迷わない。
続
自分の価値観に気づく最も有名な方法として
— kagshun/EMANON@精神科医 (@kagshuntravel) 2021年5月7日
・自分の葬式に参加することを想像し、集まった人たちが自分の人生を何と語るかを考える
・自分の墓碑銘を考える
などがあげられる。
ちなみに作家の村上春樹は著書の中で墓碑銘に刻みたいことばをこう表している
続
「少なくとも最後まで歩かなかった」
— kagshun/EMANON@精神科医 (@kagshuntravel) 2021年5月7日
痺れる一言だ。
人の価値観の上を歩いて幸せな人を私は見たことがない。
同様に、自分の足で立ち上がり、自分のコンパスに従い歩く不幸な人をもまた見たことはない。
そんな話をしています。https://t.co/N0EUr2jdmG
すみません、全部引用してしまいました(^_^;) でもとても納得出来ることだったので。
このラジオの続きはこちら。
メメント・モリ
私は幼児の時から「死を考える子供」でした。子供だからやはり死は得体が知れなくて怖かった。それがいきなり怖いものではなくなったのが13歳の時です。「気付いた年齢」って忘れないですね。10歳の時に両方の祖父の死を経験しています。家で間近に見たからやっぱり印象は強かったかもね。
なんというか4歳にして自分を知るところも多かったです。自分は結婚しないなあ、とか普通の子供たちとはどこか違うなあ、と感じてて、それでもなんとなくまわりに解け込めてはおりました。乳児の頃から注射で泣かない子だった、と母が言っていました。必要なものだと察知していたらしいです。まあ、アンテナ過敏さは乳児の頃からでしたけど。
それで生きる目的というか、「大人になったらなりたい職業」というのも皆無で、ただ、ずーっと絵を描いていられたらいいなあ、と思っていました。画家になりたいとかイラストレーターになりたいとかじゃないんです。ただ描いてさえいれば幸せなんで、下手に仕事にしたら途中で何かの理由で心が折れて生き甲斐を失ったら怖い、と思っていました。
思い出すと私は子供のころは引っ込み思案でこんなに自己主張が強い性格じゃなかったです。クラスで隅っこに隠れている感じ。それがしっかり主張が出来るようになったのはもしかするとイラストや漫画で表現することに快感を覚えたからかもしれないなあ。強くなりますよね。描くテーマも自分と重なってたし(^^;) そういう内に秘めたものの理解者もやはり両親でした。
茫漠とした望みを私の個性で長所だと信じて応援してくれた両親はもう大変にありがたい存在でした。一番の応援団にして最高の理解者でもありました。
まあね、デザイン会社で働けたのは私に向いていて非常にありがたかったですが(^^;) 小児科勤務も仕事は好きでしたが、患者さんに毎月風邪をもらうほど弱くなければ…(;_;) 悔しい体力負け。
なんかもう、仕事の方はなんでもそれなりでいいや、と目標もなにもありませんでした。掛け軸製造会社とかはいつ辞めてもいい、いう気分だったので、にこやかにみなさんとおつきあいできたという…(^^;)
本当に成功したいとか有名になりたいとか、そういうのが生まれつきごっそり抜けている感じです。うーん…、そういうのは野心っていうのかな?野心がないから他人と自分を比較しないんですね。他人は他人、勝ち負けもどうでもいい人(^^;) …っていうか、なにを勝負するの?(^_^;)
競いたいのは過去の自分だけ。そういう向上心はあるんですよ。どこまでも自分比ですね。だから他人のことも気になりません。
なんとなくほそぼそと生きていけて、誰かのために喜んでもらえる何かが出来て、その上で好きなことを続けられたら満点かな(^^;)
墓碑銘は無記入でもいいです
墓碑銘は白紙でもいいや。ただ絵やブログの文章をなんらかの形で残しておいて、のちに誰かの参考になるくらいならばいいなあ、と思います。昨日、葬祭会社のセールスが来られましたが、両親も無事に送ったし、あとはもう、なんか自分は全然どうでもいいや、とかしか思えなくて。
だってコロナの患者さんが不幸にして亡くなられたら、死に目に会えないだけじゃなくて、火葬にした遺骨が宅配便で送られて来るそうなんで、なんかもう形だけの葬儀なんて意味ないよね。
そういう時代にどう生きるべきかと考えると、やはり、きわめてシンプルな形しか浮かんできませんね。心が喜ぶことをしたいな、と。そして誰かに喜んでもらえたら幸せだな、と思うし。
だからやっぱり「好きなことを大事に生きる」って幸福なことだと思います。私は幼児の頃からそれを決めていた特殊なケースかもしれません。まったくブレないです。あまり絵の才能はないですが、でも一番幸福を感じます(^^) 別に仕事にしなくても生き甲斐にはなりますし。たまーに仕事の依頼をくださる奇特な方もいらっしゃいますが(^_^;)
好きなものの見つけ方はkagushun先生のラジオを参考にどうぞ(^^)
(世界一周のお話はいつか本の形にならないかな、とひそかに思っていたりします)