つれづれ日記ー逝春抄ー

お絵描きと介護で多忙な日々 双極性2型障害と気長に共生中

生きていると人生のあちこちに学べるものがあるのがわかる

 

顔がのぼせてるし頭も痛いし…


すみません。頭痛がするので、今日は軽くTweetのメモでお茶を濁します。

 

天気予報見てないけど、多分雨前だと思う。うっすらと顔がのぼせているあたり。
雨のまえの状態だと思って間違いないでしょう。

 

お昼ご飯は作りましたし、今日は買い物行かなくてもいいかもしれません (^_^;)

 

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私はTwitterをメモのかわりに使っていたりもするので、横になったままで
わりと長いものをつぶやいていたります。

 

 

 

介護について


精神疾患を抱えて働いている人はより大きな理不尽や無理解などと

闘わねばならないことが多いと思う。

 

私は自分の発病後あまり間がなく父の在宅介護に入ったので、

それが仕事のようになってしまった。

大変だけど生き甲斐でもあるかな、と思ってきた。

 

その介護の場所では誰一人私を責める人はいなかった。

 

家族のことだから主体的に関わりたかったし、責任を持って

決断することから逃げなかったし、そのことが私を強くしたのだとも思う。

 

親の生死に関わる決断をするのは自分のことを決めるより大変だった。

 

そういう責任を追うと誰も私を責めないし尊重してくれる。
介護の立場では誰とも対等なんだ。病気だから限界があるのは仕方がない。
でも健常者でもなかなか難しいレベルまでやった気がする。

 

金銭的評価はされないが、介護の真摯な体験は私の誇りだ。

 

仕事ではないが、この体験はみなさんが評価してくださる。
だから幸せなことに私には世間から無理解な言葉を

投げられた経験がないのです。

 

介護の経験から学べたことはとても大きく、

これから生きる自信にもなると思います。

 

 

 

うちの両親


50年以上前の話ですが、父が「学校は既製服に子供を無理矢理に

当てはめようとする」と憤っていたのを思い出す。

当時から私は型に嵌らない子だったのだ。

 

子供に合わせたオーダーメイドな教育が必要だと言っていた。

(洋服にたとえるのは父が繊維機械の設計などに関わっていた

エンジニアだったからです)

 

クロスドミナンスや私らしさを一度も矯正することもなく、学校の枠に

嵌らないことも肯定してくれた。両親は本当にありがたい。

 

思えばこれ以上に自己肯定感を育てる愛情ってないよな。
信頼して、自分に任されたんですよ。

フォローもサポートもしてくれましたけど。

わずかなことから幸せを見つけ出すようになれたし(^^) 

 

私が天然のクロスドミナンスなのは両親の愛情の証しだと思っている(^^) 
家族関係に問題なくても病気になる時はなります。

いかにも修行の人生らしいです。

 

私は家族関係よりも昔ながらの社会との軋轢との方が痛手でした。
20年働いてやっと気付いたなんて…。

でもその20年ですごい社会勉強したんだよね。

 

 

結論。やはり課題だと思えば人生に無駄な時間はないです。
それを学ぶために生まれてきたんだと思う。

 

振り返るとしみじみとそう思う。

マイナスばかりの体験はありえないですね。

 

 


これ、「いいね」と言ってくれた人が多かったので…。

 

おそらくは介護士さんが中心だと思いますが、母の気持ちがちゃんと

伝わっていたことが私にもすごく嬉しかったです (^_^)

 

 

 

直接母に関わってくださった方々も、同じ介護士さんたちも本当に感謝しています。
どうもありがとうございました (^_^)

 

 

 

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