うつですねえ……(-_-;)
この間から何度もつまずいてましたが、実質現在うつのようです。「生きてるのが辛い」と感じてるけど、いまはそれが症状のひとつだとわかってるし、希死念慮もそういう状況のひとつなのもわかってるし。だから衝動にも走りませんが、すごく冷静に自分の立ち位置を見ている気はします。
うつだけどたまにイライラはあるかな?苛つくのは軽躁の時ではなくて、私はうつの時が多いかも。
熱がこもってひどくしんどいです。今日はコンビニがおそらく限界。昨夜めずらしく食欲もなかったし。
仕事とか家事とかもろもろのことをみんなよくスムーズにやってるよな、と感じる時は自分が出来てない時だわ。そういう時は無理せんとさっさと寝るか出来ることに集中したらええよね。出来んもんは出来んし。
それでええわ。特に褒めてくれる人もおらんし、手抜き。
「妻の飯がマズくて離婚したい」
Twitterで話題になっていた4コマ漫画です。お時間と興味があるかたはご一読ください。
いま26話まで出てるのかな?
多忙もあって、このヒロインはもともと食べる幸せに興味がなくて、すごくいい加減に食事を作るんですけど、まあ、次第に子供も複雑な表情になってきて、夫はあきらかに不満が蓄積して離婚も考えるようになった現状です。
で、彼女の口癖は「お腹の中に入ればみんなおなじ」なんですね。まあ、それはそうだけど……。
「お腹の中に入ればみな同じ」っていうと病気で胃ろうでしか食事が出来ない人と同じみたいになっちゃうよね。口の幸せ(味覚)が取り残されちゃってるんですけど。
そこそこ健康な人なら口と歯と舌で味わうものも大事。だからコロナの味覚障害が問題視されてるし、それは幸福感と深い関係がありそう。時々美味しいものが食べられるのは健康ならではのこと。
元気で口から食べられるのは幸福の基本だと思うな。私も作るのは嫌いだけど、美味しいものは食べたいです(^^)
夫と交替に作るとか、月に一度でも外食するとか、そういうささやかな口から味わう幸せはとても大事だと思いました。もしも私がここの家族の近所のおばちゃんだったら世間話のついでにそういうアドバイスするかもしれないなあ、と。
昔、結婚相手をがっちり捕まえるには相手の胃袋を掴め、というアドバイスがありましたよね。いまでも言うのかどうか知りませんが、一緒に暮らす大事なテーマだなあ、と思いました(^^;)
実は女心は奇々怪々だったりする(-_-;)
たまたま読んだブログで「女は愛してくれる人のために化粧する」というセリフを見たけど、皆目理解できなかった私はやっぱり半分は男性脳らしいです。
自分のためにしかやりたくないし、いまはまったくやる気がしない現状だし。やっぱり化粧は嫌い。皮膚が弱いことと、ファンデーションやマニキュアも皮膚呼吸が出来ない気がして非常に苦手です。なのに皮膚が敏感で荒れるからうっとおしい。
「誰かのために」っていうと媚びてるみたいで精神的にやだなあ、と私は思うタイプです。恋愛脳ゼロ。誰が見てても見てなくても自分のためにするかしないか決めるのよ。っていうか、別にメイクなんかしなくてもいい、という人しか好きにならないと思います。
そのかわりにメイクしたい男性でも別に構わないと思いますが。そもそも女性だからメイクしなければいけない、とか男性はメイクしちゃ駄目とか、そこからして理由がよくわからないですよね。古代などは男性も化粧してたよね。まあ、あれは呪術的な意味合いが大きいかもしれませんが。
その人が好きでやっていることなら、私には相応するのがお絵描きでキャラクターにメイクしたりコスプレしたりするのと同じですね。私はそれで代替で満足してしまいます。
どうせ相貌失認だから他人の顔なんて気にしてませんし。
個人的に取捨選択する
私は嫌いなものは自主的にどんどん廃止しちゃう人間だからなあ。でも他の人の好きなものを止めなさいとは絶対に思わないです(^_^;)
嫌なのに無理してやってて辛い、というような場合はやめれば?って言いますが(^_^;)
このずっと延長に謎校則や謎マナーがありますね。
母などは私よりは女性らしいので特養にいても、パワーストーンの綺麗なブレスなどを持っていくと喜んでくれました。そういう施設におられる高齢女性がメイクやマニキュアなどで喜ばれている話はよく聴きますね(^^) 自分を綺麗に装って華やいだ気分になるのがおおかたの女性。
でも私にはそれはないです。きっぱり。むしろ拷問に近い感じを受けてしまう。
綺麗に装うのは絵とドールでいいやん、としか思わないし。
母は80歳越えても倒れるまでは自分はちゃんとメイクをしてましたが、私にはなにも言いませんでした。私が嫌いなのはよく知ってるからね。お互いにそういうことも尊重する家族です(^^;)
納棺の時に納棺師さんが綺麗にメイクしてくださったので、紙おむつじゃなくてちゃんときれいな新しい下着を着せてあげてとお願いしました。だって父に会うのですからね(^^)
…と、親や他人の事ならできるんだけど、自分のことは本当にどうでも良くなっちゃう不思議(-_-;) まあ肉体があることの違和感ってそういうものなのかなあ?と思います。
死ぬと同時に灰になって霧散出来ればいいのにね(^^ゞ
ちょっと待て!!
本を読んでいたら隣で中学生か高校生のグループの子たちが楽しそうに喋っていたけど「読書ってもはや老後の楽しみだよね〜。古臭いし」って聞こえたから思わず固まってしまった。私を見て言ったのかわからないけど。読書は確かに最新の娯楽ではないけど、私にとっては最高の娯楽よ。
— すず (@suzu3252) 2021年9月21日
いや、もう「勿体ない」の一言。年を取れば老眼が待ってるし、集中力も落ちるし、それになによりも本で得たものを現実に生かせるのも若さの特権みたいなものだし。若い世代の読解力がどんどん堕ちてる危惧もされていましたが。
でもこれって大人にも責任あると思うな。読書が楽しいと教えられなかったこと。そういう機会を作ってあげられなかったこと。塾に行くよりも大事なことだと思うのに。
まさか「古くさい」で区別されるとは情けない限りです(-_-;)
京都マナー?も永遠ではないし
生まれてからずっと京都に住む私が「京のぶぶ漬け」とかいう話をリアルで聞いたことないな、と思っていたら、どうも都市伝説らしいですね。
土地の評判とか色々あるけど、実情はもう変わっているのにいつまでも昔の話のままだったり。アップデートして欲しいな。違う話の主に悪意を感じそうだし(ーー;)
落語が先にあって(これは私も知ってるけど)あとから「京のぶぶづけ」のフィクションが出来たという説も。ホンマはどうないやろ?https://t.co/Za5aXMCXDU
— 藤本恭子(はるうさぎ)/双極性2型障害と共生中 (@haruusagi_kyo) 2021年9月23日
これも初耳だったけど、お邪魔したお宅で腕時計を褒められたら「長居せんとはよ帰れ」という意味だとか。知らなんだ。まあ、私自身が規格外人間なので、あまり気にしてないこともあるかも。
私は腕時計はしないから。でも子供の頃に長居の客に逆さ箒の呪いはやったことあります。見えない所で「はよ帰れ」最近は座敷箒がない家が多いですね。
母が体調が悪くて、具合悪そうにしてるのに、空気が読めずに長居する客に対しての逆さ箒。はよ帰って。これは相手が京都人であってもなくても結構人口に膾炙している気はします。
子供がやったおまじないですが、結構効果はあったような気がします(^^;)
母曰く「あんたな、まだよちよち歩きの頃に、お客さんが来てはって、なかなか帰らんといたはったら、台所からお鍋のふたに炊いた鱚を一匹乗せて持ってきてな。『ああ、ごめんな。おなか減ったんやな』とお客さん笑ろうてすぐに帰らはったわ(^^;)」という強力な「お帰りください」をやっていたようです。覚えてないですが(^^;)