もう、あちこちと痛かったりだるかったりするので、ちょっと自分で時々キレそうになっています。どこも急を要することでもなく、様子見が必要なんですが、でも休養も必要なのは確かだと思います(-_-;) 体調不良が長引くと気分も滅入ってくるから嫌だなあ、と思う。
この時期、弟も具合が悪いみたいだし、やっぱり私が買い物に行かないといけないのか……(-_-;) ぐずぐず言ってる自分が嫌だなあ。
視野と視点の変化と見えてくる世界
「こわい」を分解すると、ほとんどが「知らない」と「わからない」でできている。だから知識が必要なんだよ。
— 平 熱 (@365_teacher) 2021年3月8日
ありがとうございまーす。
— 平 熱 (@365_teacher) 2021年3月8日
わたしはその「なんで勉強…」の問いに対する答えのひとつが「正しくこわがるため」だと思ってます。
極論だけど、なんの知識もないと朝起きてフロントガラスが凍ってたら呪いかと思いますからね🥶
個人的な課題をどう捉えるか?は世界と連動していて、視野が拡がると見える世界が全然違ってくるから面白い。
つまり死にたいと感じても視野が拡がるとそれがただの症状なんですよね。それが理解できるようになるし、ストップがかかる。その視野が極度に狭い時は要注意です。鬱はそういう病気だから。寝逃げして抜け出すのも方法だと思います。
今、私の精神的にはほとんど怖さはないかも。肉体的には正直辛いです。でも知らないことを知りたくて学ぶと本当に視野が広くなるので「本物の勉強をしてる」という充足感はあります。
怖さから逃げるのではなくて、もっと詳しく学びたいと思ったんです。そうすれば正しい対処法がわかるので。知識が知恵になるのが重要だと思いました。
学歴とは無関係な学問です。でもあの世とか来世まで持って行ける知恵ですね。物質は持っていけないけど。
本当に深く学んだことは死んでも持って行けるらしいです(^^) あと愛情なんかもそうかな。
こういう話は両親とも昔からしていたので、家庭は魂の学校みたいだったな(^_^;) 実践付きの。普通の学校ではなかなか学べません。
陰謀論は個人主義にしか思えない
そういえば昔、30数年くらい前かな、母と「ムー」あたりを回し読みしてました。興味深い雑誌でしたが、わりと娯楽として読んでたんで、おかげで逆に陰謀論に対して耐性が出来た気がします。オウム事件もあったし。だからいまの情報に触れても全然刺激じゃないし、面白みも感じない。
患者さんが最優先だと思える医療従事者に理解があってね。
昨日どうも嘘っぽい投稿があって、看護学生を自称する人がワクチン怖いけど、打たないと実習させてもらえない危惧が……とか言っててさ。そりゃそうだろう。自分は怖いかもしれないけど、免疫力落ちてる患者さんはもっと怖い。そういう危険性を優先的に考えられないのって問題でしょう。
これは過去に自分がわずか数年でも医療関係で働いていたこともあると思う。自分が怖いからワクチン接種したくない、という人には医療関係は向いてない仕事だと思います。やめた方がいいよ。早くわかってよかったやん。医療関係者の方々からちゃんとした批判が多かったみたいで、その投稿は消されてました。
「看護師だけじゃなくて、人の不安を煽って快感を覚えるような人格はどんな仕事にも向かない」という厳しいご批判もありました。
本当に弱者に視点がないんだよね。陰謀論の人に多い気がします。高齢者や子供や病人へのリスペクトや共感をあまり感じないの。
陰謀論云々を唱える人はどうしても個人主義に見えるな。社会的な弱者に対する体温のある視線を感じない。
これがわかるようになっただけでも自分が障害者になったことの意義があると思います。
どうもそういう知識を増強するために数年前から睡眠学習みたいな状況になってる感もあって…(^_^;)
さらに直感が冴えることになりそうな気がします。選択を間違えないために(^_^;) 結構重い役割かもしれません。
利他なんだけど、結局どこかで利己の幸福にもつながるという…(^_^;)
こういう話が対等に出来る人が増えるまでは当分孤独だなあ、と思います。井戸の底にいる孤独ではなく空で自由にいられる孤独ではありますが…(^_^;)
すぐに実践できて効果がわかる勉強ほど
— 藤本恭子(はるうさぎ)/双極性2型障害と共生中 (@haruusagi_kyo) 2021年3月9日
面白いものはない。
でも何年も先にやっと「腑に落ちる」
ものも充実感が半端ない(^^)
人生賭けた意義があったー!という
実感が得られるものもある。
学びに喜びを感じる人類の特権ですね(^^)
試験のためだけじゃないのは確か。