つれづれ日記ー逝春抄ー

お絵描きと介護で多忙な日々 双極性2型障害と気長に共生中

やはり基本は「メメント・モリ」だという気がする

 

もうちょっとのお絵描き


お絵描きが完成に近づいているので、…というか、絵そのものは完成しているんですが、まだこれから素材を作ってページを作って、更新作業が残っているので、「更新しました」のご報告は明日くらいになるかもしれません(^_^;)

 

あー、でもまだ11月中ですよね。なんかすごくハイペースで調子よく仕上げられた感じ。嬉しいな。すごく描きたい気持ちが強かったからなあ。よかったです。3作連作にしなさい、って神様に言われた気がして、とても無理だと感じたけど、やればできるもんだなあ。自分でも感動しています(^_^;)

 

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人はいつか死にます


とても可愛い親子のエピソード(^_^)

 

 

 

 


私が「死」というものを認識&理解するようになったのは幾つのことかな。もうよく覚えていないです。

 

祖父が家で亡くなったのが8歳の時でしたが、その時は既に「死」の実情を理解していたし。

 

もっと早くに「人は、生き物はいつか死ぬんだ」と思ってはいたようです。


中二病という言葉を見ると、「(日本の教育制度における)中学2年生頃の思春期に見られる、背伸びしがちな言動」を自虐する語。とありますが、私の一番の背伸びは大人っぽく振舞うことではなくて、幼少時からずっとこだわっていた「生と死について考えてこと」でした。こういうのは中二病とはちょっとずれてる気もするけど。

 

 


よく覚えているけど、私が「死ぬのは怖い」と感じていたのは13歳頃まででした。同級生が怪我をしたり、病気になったり、そういうことから連想される「死」が怖かったのですね。しょっちゅう入院もしてましたしね。

 

でもそれ以降は毎月厭世観希死念慮に襲われるようになったので、怖がらずに真剣に生と死について考えるようになりました。

 

同じ年の子達がそういうことを考えないのが非常に不思議でしたが、そういうことに悩む自分はchっと違うみたい、と思っていました。もっともこれは同じ年齢の集団に紛れた幼稚園の頃から感じていた違和感でしたが。

 

やがてすべては自然な変化だと理解し、確かな「今」を大事にすべきだと思いました。思春期で一旦たどり着いた結論はそこかな。

 

これはずっと私の原点になっています。後悔しない選択をしないと決めたのもそれゆえに。

 

大人になってから「メメント・モリ」というのを知って、ああ、これだな、と思いました。わたしはそういう中二病のまま大人になりました。

 

大人になってみたら介護現場などで家族の死について、自分の死について考えていた人が多くない事実に驚きました。既に90歳や100歳位になっているご両親の死について考えられない子供達の存在とか、結構ショックでした。子供達だって60代とか70代ですよね。それなのに、親が死ぬということが考えられない衝撃 Σ( ̄□ ̄; )

 

この歳まで死について考えずにこれたんだろうか??それは幸せかもしれないが、どうも深みのない人生だと感じました。

 

だから私は死を思う大切さに気付かせてくれたすべての病気に感謝をしている次第です。

 

ま、どっちかというとどこも悪くなかった時ってほとんどないんですけどね(^_^;) 自分にとって最も大切なことを見失わず、家族の理解と支えを得られたのは本当に幸せでした。人生ってちゃんと帳尻合わせが出来ている(^^)

 

 

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