机に座ったまま寝てました。睡眠不足?? 1万字以上書いてもタイプミスは治らないままです。 脳のリハビリとは無関係なのかな…(ーー;)
私らの頭には「家電などは壊れたら買うもの」という認識があります。その延長でIT機器も壊れてから慌てて買うのが通例でした。いままでのMacの買い替えも前のが壊れたから、のタイミング。追われるのでセットアップもやらざるを得なくて。今回は旧Macが完全には壊れてないから思い切った対応が出来ません。困ったなあ。 同じ心理で5年近く使ってるスマホも壊れてないから買い替えられない。そういう世代なんだと思いますが(^^;)
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高校時代 分岐点でもゆるやかに
私の高校時代は「ベルサイユのばら」が雑誌連載されていたのにリアルタイムで出会った時でした。まあ、当時の女子はだいたい夢中になってましたけど(^^;)
その結果、みんな「なんとなくフランス革命あたりのこと」をマスターしてしまい、「ああ。オスカルさまがここに……」と感慨にむせびながら結果として女子の世界史の成績が爆上がりしたということになりました(^^;) 親近感みたいなものってすごいですよね(^^;) 漫画は訓練しないと読めないという海外で育った女子もこのベルばらだけはお気に入りでした。「オスカルさまに似てる」と言われたら悪い気はしないと思います(^^)
高2の夏に私個人のターニングポイントがありました。修学旅行に行った仙台で持病らしかった慢性盲腸が悪化して、迎えにきてくれた家族と友に急遽京都に帰ることになりました。実は中学時代に頻繁に起きていた腹痛は慢性盲腸炎の痛みだったようです。
手術してくださった先生が両親に「癒着がとてもひどかった。もう少しで死ぬところだった」と怒られたそうです。このパターン多いな。私が我慢強い方なのかしら?
手術時間が長くかかって、出血が多くて貧血したので、この夏は半分くらい寝て過ごしました。貧血状態でうろうろしたからか、祖母の用事で市バスに乗っている時に初めてのパニック発作が起きて、最寄りの内科でお世話になりました。当時の病名は「不安神経症」まだパニックという病名は存在しなかったと思います。
当時読んだのがこの本。

50年も昔の本ですが、名著です。私はこの本を頼りに30年かかってパニック障害から抜け出すことが出来ました。私の弟もパニック障害ですが、弟は読書の習慣がなく、本を読むのが嫌いだと言います。だから、いまだに発作から抜け出せずにいます。
高校生の時の衝撃は光瀬龍さんの「百億の昼と千億の夜」に出会ったことでした。のちに萩尾望都さんが漫画化されていますが。これも1週間以上なにも手に付かなくなっています。宇宙の果てまで想像力が追いつかない感じ。根源的な問いのある場所ですね。人生の前半にはSFには相当感動しました。
なぜか世界文学にも興味があって、取っつきづらいロシア文学から、「怒りの葡萄」とか「ジェイン・エア」とかも読んでました。いまいち面白くないというのが感想でしたけど(-_-;)
高2の秋のお彼岸の時です。家族はみんなお墓参りに行って、私はひとりで仏壇の前で寝て、「遠野物語」を読んでいました。彼岸、仏壇前……すごくいいシチュエーションで柳田国男民族学の世界にどっぷりはまりました(^^;)
その流れで折口信夫、ラフカディオ・ハーンの世界にも(^^) 文庫で集められる著作はほぼ読んだと思います。
その流れで生まれたキャラ。イラスト集は作れたけど、お話はあってもまとまりませんでした。
これこそ手描きでスクリーントーンを貼ったアナログ100%の本ですね。
こういうのを深堀りしたいと思いつつ、その高2の秋に慢性膵炎で「安静にしなさい」と言われてしまいます。まあ、それはそれで運命ですね。「成績はともかく、出席日数はどうしようもない。机で寝ててもいいから来なさい」と学校から言われたり。
そのへんからは学校の出席日数との闘いで、病院で点滴してもらってタクシーで学校に走って1時間だけ授業に出るとかザラでした。きつかったからそのあたりは記憶が飛んでいます。高校を終えるとそのまま自宅療養になりました。20歳くらいまで離人症のような感じになったりしましたが、私はこのときに自分が嫌いではなくなりました。自己嫌悪とそこでお別れ。
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学生ではなくなって いろいろと試みる期間
高2の時に雑誌の文通欄経由で、全国にお絵描き好きな人の仲間が出来ました。カットの交換したり、技術的な情報のやりとりしたり、毎月発行のコピー同人誌が出来たり。(青コピーの時代です)その中からプロの漫画家さんが生まれたり(^^) 私も若気の至りで結構きつい反応してたなあ。今にして思うと反省仕切りですが(^^;)
萩尾望都さんの影響はすごくて、私も萩尾さんの絵柄の影響からなかなか抜け出せずに足掻いていました。もう、無意識で描いても似てしまうので。影響ってそんなものだと思います。若い頃はそれでいいんです。いろんなプロの模写を重ねて独自の絵柄を作っていくのですね。
慢性膵炎の闘病は8年に及びました。その間に洋裁を習い、通信講座で医療事務の資格を盗りました。20代前半のことでした。いろいろ悩んでいたのもあって、雑誌「厶ー」とか、女性向きの占い雑誌「エルフィン」などを愛読してました。
このころから描きたい漫画のための資料本なども読んでいました。描きたいものがあると、自然とそちら方面の作品に眼が向きます。日本の古代史がらみの小説など、いろいろ読んでいました。ちょうど山岸涼子さんの「日出ずる処の天子」も夢中になって読んでいました。古代で思い出すのはやはり田辺聖子さんや永井路子さんあたり。それと杉本苑子さんもですね。
いつのまにか女流作家の作品を好んで読んでいました。やはり繊細さが気持ちよかったのかもしれません。
吉川英治さんの「三国志」も読んでました。井上靖さんは散文詩のみならず、もちろん小説もいいのですが。
25歳の時に縁あって小児科医院に勤めました。
長岡良子さんの「古代幻想ロマンシリーズ」は大好きでした。歴史の真偽が曖昧な境界の中で、幻想と不思議を組み込んで、「神人」と言われる能力者と市井の人々との絡みを加えて……。いまでも熱心なファンが存在する作品です。
まがりなりにもお給料をもらうようになったので、念願だった古典文学全集のなかから好きな作品飲みを〟買い集めるようになりました。古典も好きです。これは資料というよりも読む楽しみになってるかな。いまでも折りに触れて読み返す本ですね。中世歌謡とか、ふとした時に口をついたりします。
20代後半は海外の女流SFをよく読んでいました。女性の作品はやはリジェンダーの問題とは切り離せないながら、別の方向を感じさせてくれるものが多く、大抵の読後感がよかったものです。私はいつもなにもかも違う異星人や生物がそれでもお互いの理解を目指すコミュニケーションの参考としても読んでいました。感動する理由もそのあたりに大きかったです。
漫画を描いていたので、引き続き資料と趣味を兼ねた古代史関連の読書が続きます。
同世代の吉田秋生さんの作品もずっと追いかけていました。
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30代のころ 壮大な物語背景がすき
ファンタジー要素が強かったかも。デザイン会社に勤めていました。
荻原規子さんの勾玉シリーズ〟3部作を始めとして、一連のファンタジーシリーズに次々はまる。以後新刊がでるたびにいそいそ買いに行っていそいそ読んでます(^^;) 記紀の世界を拝見にしたオリジナルな物語世界.スサノオがああいう可愛いキャラ(稚羽矢)なんだもんね(^^;)
阪神淡路大震災の前年に小野不由美さんの「悪霊シリーズ」にはまる。
その続きで十二国記シリーズを読み出したら止らなくなりました(^^;) まだ時折余震がある中で読んだシリーズでした。
物語の背景は壮大ですが、各キャラの悩みは読者にも等身大のものであり、それを解決したいとそれぞれのキャラが紡ぐ物語の織り糸になっています。個人的に景王陽子と恭王(候補)の珠晶に共感しました。王の資質が本当にわかりやすいです。それらはまた理想の姿でもあります。
悪霊シリーズをまとめ買いしたのが震災の前日でした。なんか因縁を感じますね(^^;)
30代は仕事して空き時間に漫画を描いて同人誌作っての繰り返しでしたが、もっともやりたいことだったから充実していました(^^) ずっといろいろやってたから暇を持て余したことはないです。
(続きます)
#読書 #本 #20代 #30代
いまの本棚(その2)。コミック棚です。すでにスライドは無理ですね。
厳選作品が入ってます。
下の大きいのは羽生結弦さんの写真集。他にもありますが(^_^;)

