昨日、作家の田辺聖子さんが亡くなられました。
父よりも年上、昭和3年生まれと記憶していたので、かなりのお年になられていたと思っていたのですが…。お母様が長生きされたとも聞いていたので(なんでこれを知っているかというとしっかり晩年のエッセイまで読んでいるからです)遠くはないと覚悟していた節がありました。
でもその時が来て見ると、悲しさというよりもじわじわと寂しさが追いかけてきます。
田辺さんといえば、古典ともっと親しくなりたいと願った人が入り口として通る作品で道案内してくださったかたですね (^_^;)
私個人はおそらく20歳の夏に出会った「隼別王子の叛乱」が初めての出会いではないかと思います。過去記事にいっぱい書いてますけど(^_^;)
これ以外にももっといっぱい取り上げてますが…(^_^;)
まずは古典がらみの作品から入って、一般的なエッセイを読むようになり、「私の大阪八景」や「しんこ細工の猿や雉」などの自伝も読んで、現代の恋愛ものも読んで、初めての田辺聖子全集が刊行された折には長いファンレターを差し上げています。30数年くらい昔のことかなあ。
そういういろんなことが少しずつ私に影響を与えて、古典の楽しみ方はもちろんですが、日常を生きる上でもいい影響を受けたと思っています。とりわけ上質なユーモアなどについて。
この間も「男の可愛げ」ということについて触れていますが、もしかするとこれはある程度の年齢にならないとわからないことなのかもしれません。
私にとっての可愛げのない男とは、横暴であったり人を見下して恥とも思わなかったり。逆に卑屈すぎていじけていたり。
— ぬえ (@yosinotennin) November 20, 2016
これから先に新作を読むことができなくなるのは寂しいけれど、本当に晩年になるまで、エッセイを残してくださっているので、今後も道しるべとさせていただこうと思います。
人生の楽しみ方をたくさん教えてくださってありがとうございました(^_^)
今頃はご主人(カモカのおっちゃん)と楽しく晩酌してらっしゃるでしょうか?
極上の作品と最上の人生に祝福を。
すいません。安らかに、というよりもどうしてもお二人で楽しそうなイメージしか浮かんでこない…(^_^;)
これって最高のことだよね(^^)
束の間の 闇のうつつもまだ知らぬ
夢より 夢に迷ひぬるかな