つれづれ日記ー逝春抄ー

お絵描きと介護で多忙な日々 双極性2型障害と気長に共生中

茶飲み話で深刻なテーマを軽めに話すのも悪くない

 

お抹茶が大好きです

 

お抹茶が美味しい。

 

抹茶ラテでも抹茶ミルクでもグリーンティーでもなくて、砂糖もミルクも入っていない本当の抹茶が大好きです。経済的に許されるなら、もっと飲みたいですが、如何せんお高いので、一日1杯程度で我慢かなあ。

 

私は滅多にコーヒーは飲まないんですが(別に嫌いではありません。お付き合いの時しか飲まないですね、なぜか)抹茶でおコーヒーでもそれなりにきちんと美味しく淹れようと思ったら結構なお値段になると思います。

 

まだ母が健在だった時、特養の近くにある日本画家のお孫さんが経営されている和風カフェでお茶とお菓子をいただきました。独り占め状態でお庭も綺麗でしたが、お茶とお菓子で1,000円だったかな。

 

一度車椅子でも母をつれて行きたいと思っていましたが、とうとう叶いませんでした。

 

www.chikujousou.jp

 

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両親があちらにいると


なんとなく世界が広くなりました

 

 

 

私、こういう時には本当に大西良慶さんの言葉ばかり思い出すのですが、「人の姿を借りた観音さん」にたくさん出会った気がします。現実世界のいろんな立場の方々もそうですが、これは主観としてもあちらの世界に両親がいることの影響がとてつもなく大きいです。なんかすごく勘が良くなったような気がします。

 

いいことばかり当たるわけじゃなくても、良くないことは避けられるからなあ…。

 

例えば人を見て判断するのに、同じ特徴でもプラスじゃなくて、マイナスにしか見えない場合は、それはもう「相性が悪い」としか言いようがないと思うよ。だからご縁もなくておしまい。きっとそれがお互いのためだと思います。

 

あちらの世界は家族が海外で生活しているみたいな感じがします。あちらのことが情報として入ってくるので、理解する範囲が広く深くなります(^_^;) 私はそういうサインに気づくのが敏感みたいな気がします。

 

住宅のことも実際に制度が動くのは4月なんですが、それまでに出来ることは少しでもやりたい気がします。早い方がいい、というのにもやっぱりきっと意味があると思いますし…。あ、これも私の勘かもしれませんが…。判断する責任も自分自身にあるからなあ…。

 

 

 

 

 

 夜に死んで朝に蘇る想定


昨日たまたま流れてきたタイムラインで見かけたんですが、(フォローしている人ではなかった)幼い子供を亡くした女性がその悲しみから立ち直れずに、どんどん孤独になっていて、某カルト教団に入信してしまい、さらに一人になってしまった、と案じておられる方のつぶやきだったんですが。

 

グリーフケアの難しさを感じます。私は病気の方や高齢者の方や結構多くの方の死別を知る機会が多くて、いろんな感じで同調しそうになることがあるんですが、やはりそういう時も自分を支えてくれるのは「しっかりと学んで考えて自分で導き出した答え」だと思っています。普段からそういうことができない人はカルトに考えることを委ねてしまうんだよね…。

 

カルトなんて、そういう人をカモにするべし、という存在だしなあ…。それでもわかってくれる人の方に行っちゃうんですね。哀しいことですが。

 

どうも死の方向から見てしまうと徐々にわかってくることも少なくないのですが。家族の死に立ち会って初めて考える人も多いですよね。

 

一昨日だっけな?私が引いたカードの一枚に「不死鳥」というのがあって、永遠の生命と日々生と死を繰り返す生命というように読めました。眠る時に毎晩一度死ぬんですね。翌朝にまた蘇る感じ。私の眠りが夢も見ないほど深いので、本当にあっちに行ってるような気がします(^_^;)

 

まあ、そういう覚悟で日々を生きるのも悪くないかもしれません。

 

 

 


あともう少し、髪だけで終われるかな?いや、背景まるっとあるんですけど…(^_^;)

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