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つれづれ日記ー逝春抄ー

お絵描きと介護で多忙な日々 双極性2型障害と気長に共生中

初めて精神科の扉をくぐった時 そこは居心地のいい場所だった

 

外出は延期です

 

結局あまり体調が良くないので、母のところに行くのは延期しました。二日連続で外出するのも結構ままならないところがありますね。

 

でも寝てるのもしんどいから起きてますが。

 

まだいまもあんまり気分良くないけど、コンビニと郵便局だけには行ってきました。自動振替になる費用が大体わかったので、入院費の分だけでも出せるかなあ、と思いまして、計算上で大丈夫な金額だけですが下ろしてきました。

 

私の家計のやりくりはものすごく大雑把なので、毎月それなりに帳尻が合うのが不思議です。自分で不思議なんですよね。「あのお金ってどこから出たんだろう?」とよく思います。まあ、地味に貯金が減ってるってことかもしれません(ーー;)

 

 

初めての精神科クリニック

 

昨日、Twitterでつぶやきながら、そういえば自分の初診の時ってどうだったかな?と思い出していました。

 

 

 

私の精神科の初診はおそらく2002年くらいかと思います。まだブログ書いてないから、詳しいことはわかりませんが。とにかく毎日しんどくて、畳んだ布団の上で横になって、よく泣いてた記憶があります。動くのも辛いし、なにをするのもしんどいし、気分は滅入るし…。

 

そうしたら「一回、精神科に行ってみるか?」と言ったのは母でした。「あそこの」「ああ、あそこのね」そこは昔父が出張のたびにスーツを作りに行っていた紳士服専門店のあとに出来ていたクリニックでした。それ以前に前を通ったときに「あら、こんなところに出来てるな。覚えとこ」と話していたクリニックでした。

 

電話の予約なしでいきなり飛び込んだから、「申し訳ありませんが、初診の方は一番最後になりますが、お待ちいただけますか」というので、それで一番最後まで待っていましたが、そのときもずっと泣いてたと思います。初診が最後なのは時間をかけてじっくりと話をするために必要なことで、そのときは30分以上、じっくりと話をしたと思います。

 

でも、いきなり双極性障害とはわからないから、うつ病という診断で抗鬱剤トフラニールなどをメインに処方してもらいました。他の薬はよく覚えていませんが、入眠剤レンドルミンはあったような気がするな。初診の時に当時の32条、いまの自立支援のことを聞いて手続きをしてもらいました。そのおかげで精神科の医療費はとても助かることになった次第です。

 

 


親切なところだと思う

 

半年後かな?障害年金の話をお聞きして、書類を書いていただいて、手続きしてもらって、どうもこの辺もあまり記憶がないんだけど、主に先生と窓口受付の方々がもろもろ采配してくださったんじゃないかと思います。

 

で、やがて弟も一緒に通うことになり、ついでに(?)母もお世話になって、以後は家族3人で通院することになります。まあね、母や弟は調子が悪いと行けないこともあって、私が代表で行ったりもしていたから、私は皆勤賞なんですが。

 

トフラニールは便秘などの副作用が強いのでSSRIパキシル)に変わりますが、パキシルの時は結構長かったですね。数年くらいはずっと飲んでたかな。で、8年半経って、やっと単極性のうつじゃなくて双極性障害だと判明。

 

並行して母の入院&手術や、父の入院→介護というのがずっとあったから、ことこまかには自分のことを覚えていないのですが、トフラニールパキシルリーマス、というメインの薬の流れだけは覚えています。私はあんまり他の向精神薬はもらった覚えがないんですね。あえて欲しがらなかったし、いまでもそうです。メインのリーマス以外は抗不安薬セディール眠剤がわりのデパス2錠だけですね。

 

まあ、家族のことで右往左往しているうちにパニック発作が完治するし、いろいろとおまけのような改善もありましたけど…(^_^;)

 

 

これからもよろしくお願いします

 

精神科のハードルはあっけなく低くて、最初の頃こそ緊張はしていましたが、いまではすっかりリラックスしております。大病院の待合室では半端なく疲れて横になることも多いのですが、クリニックではそういう疲れ方はしませんね。そういう静かな環境が整えられているおかげかもしれません。

 

いつも季節ごとに変わっている油絵の風景画が誰の作品かと思っていたら、初老の患者さんが自ら作品を持って交換されている時に出くわしまして、ああ、この人の作品なのね、と納得しました。

 

風景画なので、どこへ行って来られたのかなあ、というのもすぐにわかって面白いです(^^)

 

なかなか先生との相性が良くなくて、何度か転院される患者さんも少なくないですが、私はそういうこともなく。まだ元気だった時の母が「先生、長生きしてくださいね。この人たち(私と弟)のこと、ずっとよろしくお願いします」と頼んでいたのを覚えています。で、いまだに母の近況をちゃんとカルテに書いてくださってもいます。

 

まあ、やはり生涯のおつきあいになるでしょうねえ…(^_^;)

 

 

 

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↑ 実際に通っているクリニックです。