私とは思えないミスをしている
母のところに行ってきました。
ありえない間違いしちゃって、バスを乗り間違えて、最寄りの駅まで行って、もとのバス停に戻ってきちゃった。もちろんしっかりバス代も取られたし…。
全然車体のデザインが違うのに、どうして間違えたのかわかりません。
「なんとなくおかしい」とは感じてたけど、気が付かず…。よほどぼーっとしていたのかも…。
でもそれで30分近くタイムロスしたので、行きもタクシーに乗りました。
行ったら、母は点滴は取れてたけど、なにもしゃべらなくて、こちらの問いかけに頷くか首を振るか、ですね。まあ、ちょうど身体を清拭にこられて、気持ちすっきりしたみたいですが…。
「もう帰ってもいい?」というと頷いたので、「また来るね」と帰って来ました。
吸引機が置いてあって、とろみをつけたお茶もカップに入れてあったので、嚥下訓練とかしてもらえるといいのになあ、と思いました。
ナースステーションで、障害者手帳のことを尋ねたら、「先生にお聞きしますね」とのことです。必要ならまた役所に行って用紙をもらってこないといけませんので…。
もしも今、ホームに降りたら…
コンビニでお弁当とか買って歩いてると、自分はなにしてるんだろう?と思います。
ふと、「別に死にたくないのに、ふらっとホームから飛び降りた人の気持ち」がすごくよくわかってしまった。死にたいわけじゃないけど、ふらっと踏み出せば「休める」とか「楽になれる」という感じがしたんだろうな…。
ちょうど目の前に線路があるから…。そういう気持ちが実感としてわかってしまった。
自分が電車で通うんじゃなくてよかった、と思いました。
ふら〜っと引っ張られる人の気持ち、怖いね。
死神がそ知らぬ顔で近づいているし…。
自分はうつだとかいう実感も多分ないんですよね。でもとっても疲れてるから「こうすれば休める」という気持ちしかないのですね、多分。
わざわざビルの屋上に登るとかしなくても通勤途中に当たり前のそういう場所が存在したら…。疲れているのはあきらかにおかしい、というストッパーがなければ、
一歩踏み出すのはとても簡単だったりするんだな。怖いね。
…そこにいかないうちに気づかないといけないわけですが、ものすごく同調できる現在の私も精神的には結構やばいのかもしれません。
こうやって冷静に分析しているのは、ストップをかける役割もあるのです。
疲労感が大きいうちは電車とか線路には近づかないようにしようと思います。
この気持ちがわかる人は非常に危険な状態なので、一刻も早く休養を取って、精神科を受診してください!お願いします。