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両親の介護も一段落 双極性2型障害と気長に共生中

Twitterから拾った学びのきっかけなど

 

相変わらずの日々です。

 

漢方薬こぼした。。これはいやおうなく掃除機をかけろというご神託(?)ちょっと掃除してきます。

掃除機かけましたが腰痛でダウン。

全然無理がきかなくて情けない。弟も腰痛だし、こういうタイミングで制度の狭間(-_-;) ヘルパーさんは来てくださらないし(-_-;)

腰が痛いときって大抵頭痛もセットになりますね。それか腹痛とセットの時もある。痛覚と神経の面白い繋がり(^_^;)

 

 

タイムマシンは作れるのか?

 

私はTwitterでちょっと学びのきっかけになるといいなあ、と思って科学分野のフォローもしてるんですが、興味深いツイートが流れてきました。タイムマシンを作っている亡き息子に会えれば過去に事故を阻止できないかというお母さんの願い。これは笑えないなあ、と思いました。ちょっと引用させていただきますね。

 

 

 

 

 

以前悲しいメールをもらったことがある。オクスフォード大に通っていた息子さんが交通事故で亡くなったお母さんからのメールだった。彼を死なせてしまった悲しみから逃れようと、タイムマシンを研究している物理学者を彼女は本気で探していた。

 

自分の量子エネルギーテレポーテーションの研究を見つけたそのお母さんは、きっとタイムマシンに関係あるだろうと期待して、自分にもメールを送ってくれたのだった。その悲しみのメールを読んでとても心が痛んだが、タイムマシンを自分は作れないことだけを、彼女に伝えることしかできなかった。

 

タイムマシンさえあれば、事故に遭う前の息子さんのところに飛んでいき、彼を助けられると信じていたお母さんに対して、自分は何もしてあげることができなかった。

 

でも量子重力理論において、量子情報はきっと厳密に保存する。彼が生きた証も宇宙のどこかに記録され続けている。今後の研究が明かす新しい時空の理解や物理学の世界観において、何か人々の心を癒すものも出てくるかもしれない。それが例えタイムマシンでなくても、魂の救いとなる何かを。

 

物理学は大きな世界観を売る科学分野。自分が量子情報物理学の預言者として「世界は、量子情報からできている」というバズワードを繰り返しつぶやくのも、誰かを亡くした人々の意識にそれが届いて、『我々は何者か』という疑問に対しての、彼らの思考を助けられればと、願っているからでもあります。

 

「情報は情報のみで存在し得るのか?」「量子力学が情報を扱う理論であるなら、実在を表す本当の理論を」このようなことを素朴に疑問に思われる方もまだ多いと思います。「実在」というものが日常生活であまりにも当たり前のように刷り込まれているから当然の反応でもありますが、それは幻想なのです。

 

でもよく考え下さい。睡眠から覚めて目に入る世界は、光(つまり素粒子である光子の集まり)が持ってくる情報に過ぎません。例えば錯視は意識の現象的研究に役立ちますが、更に人間が見ている世界は最終的に脳内で加工されたものであることを教えてくれています。

 

 

うーん、量子論って本当に難しい(ノ_・、) 入り口で戸惑うので難しすぎるんですが、なんとなく人間の脳の働きなどとどこか共通点みたいなものを感じることがあります。脳は時々奇跡みたいなことを起こすから。……これは自分の脳をわりと冷静に観察して感じることでもあるんですが。

 

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なんとかしろと言われても……

 

こういうのも見ました。

 

 

 

また引用させていただきますね。

 

 

これ、典型的な「現実を見ず、周りに怒鳴り散らすことで『何かやってる自分』をアピールしたがる中高年の倅」が引き起こした禍ですな。

 

とにかく自分の事しか考えてないし、自分にとって『すごい自分』であり続けるための行動しかとらない。

実によくいるタイプです。キーパーソンとしても何の役にも立ちゃしない。邪魔。

 

「うちの子は大丈夫」と思わず、こういう事態は必ず起こるものと考えて準備しておくほうが良いです。

 

目の前で骨折してるのになお「もういいです」が言えなかった、という時点で、自分に都合の悪いものは無視している、判断を先延ばしにするタイプと判断。

 

普通の神経なら、「止めてください」が出てきますので。

 

「なんかやれよ!」と大声で叫んで脅して回ることはできるが、「止める」判断が出来ない。

 

典型的な『恰好だけ付けたい倅』ですね。

 

残念ながら、珍しくありません。

 

 

可哀想と言えば可哀想かな。でも故人はもっと可哀想じゃないかな?介護のキーパーソンには「止める決断」も必要だと思います。「自分で考えて始める、やめる」という決断が出来ない人も少なくないんだなあ。

 

母が最後に心不全で入院した時、心臓マッサージはやめてくれとお願いしました。もうそれ以上苦痛を増やしたくなかったから。肋骨バキバキに折れると聞いてましたし。なので最後の夜、病院から電話があった時、臨終に30分間に合わなかったのですが、それはいまでも後悔していません。母の希望でもあったので。

 

 

やっぱり元気な時からの意思表示は大事ですね。あとうちは揉めるほど遺産もなかった(築55年の古家だけ)ので、処分して公営住宅に移りました。私と弟と2人とも障害者ですが、いまでも仲良く住んでいます(^^;)

なにもないから揉めようがないという現実です(^^;)

 

 

 

 

そうなんや。なにを揉めるんだろう??お葬式などは揉めそうですね。母が音楽葬を希望していたので家族葬でやらせていただきました。

 

揉めないのも故人の人徳かも、とふと思いました(^^;)

 

 

 

うちの親族って葬儀で揉めたことないなあ……。

 

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改めて大事だと痛感する

 

自分なりの死生観を持っていないと安心して生きていられないことがあります。それを家族や身近な人と共有できているともっと安心。

 

いつまでも死や病気をタブーにしないで気軽に話せるテーマにしたいですね。うちはずっとそうだったけど。子供のころからタブーじゃなかったの。

 

それは故人の死後も続きます。母の意志とか希望とかはいまでもなんとなく感じられるから。だから深刻な喪失感が来ないんですよね。バーチャルリアイティよりも確かな存在感。

 

別に特定の宗教でもなんでもないですが、うちの家族が長い時間をかけて築いてきた死生観と共通認識みたいなものですね。自分たちだけに通用するのかと思っていたら、意外と外にも共通点があった、みたいな(^^;) でも私はそういう我が家の死生観を布教(?)つもりは皆無ですが。

 

いつか量子論で解明出来る日が来るかもしれないのが楽しみですが。でももともと両方は遠いものではないと感じています(^^;)

 

 

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明らかに迷惑行為

 

 

 

 

これは迷惑でしかないから本当にやめて。いくらデモの権利があるからと言って、本当に迷惑でしかないです(-_-#)

 

彼らはこういうことを全国でやってるから。なんか昔の新興宗教団体を思い出してしまう。みなさん、本当に近寄らないようにお気をつけください。差別したわけじゃないけど、遠ざかることを選択しないとどうしようもないです、現状は。

 

真面目に考えるから怒るんですが。

 

 

 

 

 

ホンマやで。

いやー、もう両親看取ったら次は自分の番ですよ。いろいろと衰えを感じます。主に肉体的な方で。

母と私は22歳しか離れてないので、自分の20年後が大体想像出来ちゃいますね(^^;)

 

生別老死はもう自然な変化じゃないですか。

 

 

 

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