うちへはまだ郵送されてきませんね
昨日はいつもの作業療法士さんと、春から勤務の看護師さん(男性)が2人で来られました。ぼちぼち75歳以下の人にも予診表が届いているようですが、うちはまだです。
なんかね、何事につけてもこの辺はあとまわしというか、ほぼ最後になることが多いです。20日から申し込み開始だと急がなくてもいいかもしれませんが。
でも同じ区でももっと西の方は接種出来ます、というクリニックの前に朝から200人あまりの行列ができていたそうです。電話がかからなかったのかも。
で、そこに並んでいた人だけで規定量は一杯になったらしいです。
私も再度電話で確認したら、やはり接種場所は区役所しかないらしいですね。ああ、マジでワクチン接種バスを走らせて欲しいわ。
これってもっとも合理的で効率がいい気がしますよ。
これは往復の足ですね。
全国で拡がるといいよね。特に僻地とか団地とか。
振り返っても怒濤の日々
母が亡くなったのが2018年の5月。その時から3年ばかり、私は歳を取るのを忘れていた気がします。
葬儀から、死亡に関する手続き、相続、古い家の不調。部分的に修理もしましたが、水回りの修理の為に資金が足りず、老朽家屋はどうしようもなく、売却を決めて断捨離して市営住宅に申し込んで抽選して、不動産関係の交渉などもやって、ホームレス寸前のところ、なんとか当選して引っ越して。それだけで終わったのが2019年のメイン。
2019年12月に引っ越し。
振り返っても自分でもどうして出来たのかわからない絶妙のタイミングばかりでした。多くの人に助けてもらったし、相談にのってもらったし、なんだか現世の人ではない人たちの助けももらった気がします。そうだとしか思えない奇跡みたいなタイミングがあったので…。
どれも非常に現実的なことばかりなのですが、それに対応しながらあの時に私はなにか眼に見えない力のサポートも感じてました。両親の徳とかもあったと思うけど。やはり人事を尽くさないと天命は動かないという印象は大きいです。やれることをやって初めて協力が得られる真理。
昨日この話に共感してくださる方もいらっしゃいました。同じくお母さまを亡くされたあとに、そういう多くの方からのサポートをいただけたとかで…。そういうのって何だか天の采配みたいにも思えるんですよね。決して自分独りで対応が可能だったわけではないです。
特に宗教じゃなくてもいいんだけど、この視点を持つととても広い物事を見る目が出来るので……。それでサポートは精神安定剤としても有効だなあ、とも思ってました(^^;)
あれと同じことをやれと言われても多分2度と無理。作業療法士さんはずーっとリアルタイムでご存知なので、タイミングの妙を話しておられました。
それから3年。ひと息ついたからいきなりどっと歳を取った気がするし、疲労感も半端ないのかも。自分でもよくやったと思います。大変すぎて細かい記憶はなくなってるし。だからいまどーっと堪えていても当たり前のような気がする。大変すぎたよね…(^^;) うん、大変だった。たぶんストレス半端じゃなかったので、狭心症程度でなんとか済んでましだなあ、と思います。
助けてくださった方々、どうもありがとうございました。
一段落その後
ここに落ち着いてからも去年は色々ありました。なんといっても弟の鼻血が止らないとか、入院とか、そのあいだの確定申告とか、秋の弟のアルコールが原因の一騒動とか。全然暇になっている気がしませんね。おまけにずっとコロナだしね。
もろもろ一段落して、一気に3年分老けた私。落差がひどいです。マジで白髪の増加とかが半端ないです(-_-;) もうほとんど黒髪が残ってないです。足腰もすぐにだるくなるし…(*-д-)-з あんまり歩けないです。足がだるくて。眼の下にはクマさんが常駐してる感じ。
この慢性疲労をどうやって改善したらいいのか、もうわからないです。双極性障害由来のものもあるし、そうじゃないものもあるかもしれません。なんにしろハードだったわ(*-д-)-з まあ、だから疲れても仕方がないなあ、と。
いつか回復した時に、今度は私が誰かの困りごとの時にベストなタイミングでサポート出来れば嬉しいと思っています(^^;)
献血出来たら手っ取り早いですが、無理なので、せめてワクチンで集団免疫、とか思う次第です。
ああ、生きるのって楽じゃない(;_;) 疲れた…。
フォトブック作っておいてよかったです(^^) あれだけ大変だったことも忘れていくし。自分で頑張ったよ、という記録を残しておくのも有意義だと思います。
この場所にはもう別の住宅が建っていて、新しいご家族が住まわれています。