お互いさま おかげさま ありがとう

両親の介護も一段落 双極性2型障害と気長に共生中

「縁(えにし)」の糸を結ぶ、繋ぐ

 

みんな違うから、という前提は大事にしたい


私が14年ブログを続けていてわかること。自分と同じ病気対応をしている人はいないということ。たとえ同じ病名であっても、全く同じような症状の人にも出会ったことがありません。それぞれに千差万別なんですね。

 

どこまで行っても共通点が見いだせる可能性は少ないかもしれません。でもそれは必ずしもゼロではないし、遥か未来で誰かの役に立てればいいので、これからも続けていこうと思います。

 

自分と話が合う相手は、普通に病気ではない人からも見つかることもあるので、あえて病気だからと門戸を狭くする必要はないですね。説明して正しく理解してくれる人もいるし。ただどういう場合でも私は私なので、一人で立つために相応の距離は必要。そうじゃないと依存になるから。

 

距離感をすべての相手に対して維持するのは難しいけれども、これがあるからこそ困った時には相談する事ができ、逆に相談相手にもなれる。相手に必要以上に重く感じさせないことって大事だと思う。真摯な相談からは逃げないが、そのためにも精神的自立は必要。寄りかかりすぎないためのいささかの距離があるんですね。

 

そういう私を内部から支えるためにイマジナリーフレンドも必要なのかもな、と思いました。自分自身と冷静に距離を置いて見てくれる存在がどれだけありがたいことか。そして自分を否定することはないし。(否定するようなものはイマジナリーコンパニオンではありません)精神疾患を持つ人は(健常者でも)そういうの得意じゃなさそうですし。 

 

それゆえに自分は基本的に孤独だということに立ち戻ります。まあ、それが宿命なのでわずかな相互理解を得られたらラッキーだとは思うけど、それに期待しすぎることはないなー。特異な人生だなあ…。いいけど。 

 

だから「来るもの拒まず、去るもの追わず」って言われるんだなあ。執着しても変わる時は変わるのが「縁」だしね。縁を長く紡ぐには相応の努力を要します。

 

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72年、死後にも続く母の友情


昨日、母の親友のTさんが立ち寄ってくださいました(^_^) 母のお別れに来られてから4ヶ月ぶりです。あの時はご自身のガンの治療のために入院していた病院から退院されたばかりで、案じていたのですが、お元気そうで安堵しました。

 

中学生の時からだから72年来の友達なんですよねー。72年!当たり前だけど、私の人生よりも長い友達。我が母ながらすごいなあ、と思います。

 

まあ、でもその間に母も色々気遣いをしていたのを私は知っています。母は自分が大切だと思った人にはとことん親切なタイプだったから、Tさんもご主人を亡くされた時に、母が毎日お弁当を作って運んでTさんがちゃんと食事できるまで付き添ったりしてたから、その時のこともずっと恩に感じてくださってるんですよね。

 

それで母が亡き今でも私たちのことを気にかけてくださる。ありがたいことです。

 


孫たちのこともそうですね。弟の離婚後もせっせと孫たちに送金を続けたりしてたから、年金の中からの仕送りで、手紙とお菓子と共に届くものを楽しみにしていたと思う。

 

だからお見舞いにもお葬式にも来てくれましたし、そういうのも両親が残した徳だと思っています。

 

私の従兄も離婚経験があるけど、養育費はずっと真面目に払ったけど、離婚後一度も子供達に会っていないらしいですし…。そういう方向になってもおかしくなかった縁を決してそういうことにしなかった両親はすごいなあ、と思います。

 

大事に繋ぎたいご縁の糸を太くするには会えなくなってからの努力の方が多分大事なんだと思います。細くして切るのも、さらに太く結びつけるのも努力次第かも(^_^;)

 

そういう母の努力を知っているので、父と母が結んだご縁の糸は私もできる範囲で細々とでも繋いでいきたいと思います。こういう心遣いは努力のしがいがありますね(^_^)

 

 

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