さて。また少しでも体調がましな夜のうちに予約投稿しておこうかなあ、と思います。
…そうは言ってもまた何もネタを考えていないんですけどねー(^_^;)
懐かしいアルバムから…
写真のファイルの中から、昔の写真をもう一度。
これも以前に一度アップしたことがあると思うんですが、再度です。母の実家の前で1957〜1958年頃の撮影です。わかりやすいように家族ごとに色分けしてみました(^_^;)
叔父夫婦はまだ新婚で、曽祖母はこの1、2年後に亡くなっています。これだけの人数が集まって撮影したのって、後にも先にもこれだけのような気がします。これ以外にも父方の祖父母がいましたので、かなりの人数ですよね〜。
見えないけど、この道の右側には市電が走っていました。当時は病院に行くのも親戚の家に行くのも市電だったので、未だに市電は懐かしいです(^_^;)
この中で今も健在なのは叔父夫婦と右端の伯父といとこたちだけですね。ちょうど半分はもうこの世にはいないんだなあ…。なんとも言えない気分ですね。
憧れていた衣装
これは1962年当時いつも遊んでいた護王神社の亥子祭に参加した時のものです。
この稚児衣装を着てみたかったので嬉しかった思い出が…(^_^;) 弟が生まれた時だったので、母は付き添えず、祖母が一緒に歩いてくれました。
そんなこんなで懐かしさに浸っておりました(^_^;)
あ、当然モノクロなので、AIに着色してもらっています。こちらのサイト。
Automatic Image Colorization・白黒画像の自動色付け
記憶と比較すると、まあだいたい合ってると思います。この水干みたいなのはピンクだった。袴は白から紫のグラデーション。後ろの木はちゃんと緑になってるのに、手に持っている榊は緑じゃないなあ…(ーー;) 天冠は金色で小さな赤いビーズのようなパーツがあるんだけど、その辺は再現されていませんね〜。残念。
「絵心をそそられる」と言う価値観
私の世界の見方の中には確かに「絵心をそそられるもの、人」と言う価値観が存在しています。すなわち「絵に描きたい」と言う気持ちを刺激される存在なんですが…。
これは綺麗だなあ、と言う感嘆や、共感や憧れや、いろんなものから出来ていると思います。美に対する素直な感動と言うのか…。自然でも人でもそれは起きますけど、ただ、自分でそれを表現できるかと言うと難しいわけで…。
羽生さんなどもそういう対象なので、一時期は「描きたい、描けない」とじたばたしていましたが、今は落ち着いて実力のある絵師さんたちの作品を楽しませていただいております(^_^;) (いや、シルエットにするだけでも感嘆するものがあるのよね。バランスとプロポーション)
45年くらい前に設定した漫画のキャラのプロポーションと数字そのままの存在が現実にいると言うことの驚異。…わかります??(^_^;)
まあ、興味や関心のある分野によって、絵心を刺激されるものは変わってきますけど、本当のことを言うとイメージ記憶は写真に撮らない方が残るかもしれない、と思ったりします。例えば色彩ですね。モノクロ写真を見ても蘇ってくるカラーの記憶があるので、そう言うのも面白いと思います。
どこに記憶されるのか、自分でも不思議ですが…。
うちの両親(主に父かな)は私が幼稚園の頃まではよく写真を撮っていましたが、学校に入って以降はほとんど撮らなくなりました。撮影されることになれなくなったのもあるのかな。おかげで今ではすっかり写真嫌いですが(ーー;) 少なくとも自分は絵心を刺激される存在じゃないんだなあ、と言うのはよくわかっているので…(^_^;)