つれづれ日記ー逝春抄ー

お絵描きと介護で多忙な日々 双極性2型障害と気長に共生中

故人供養のかたち

 

湿度の高さもあって、今日はあまり何かをかく気力がないので、少しだけ。
雨が止まないとお米を買いに行けないなあ…。

 

 

今朝こういうツイートを見かけました。

 

 


父の死後、母が元気だった時はパックのご飯を

チンして供えてたこともある。
般若心経をあげて、父が好きだった音楽を流していた。母がね。

 

今の私はご飯作れない日が多いから、たまに果物買った時だけお供え。
果物は母の好物だった。それとたまに缶ビール。

 

作れないのを両親は理解してくれてると思う。

毎日あげるのは緑茶だけ。

 

病人に期待はせずに理解してくれると思うし、

そういう人たちだったから(^_^;)

 

 

亡き両親については生前に介護でやり尽くした感がある。
だからこそ現在燃え尽き症候群みたいになってるし。

 

今後仏事とかよりも必要なのは親が伝えてくれた大事なことを
書き残しておくことじゃないかと思っている。

 

両親の価値観は確かに私の原点になっている。

 


それが明確にわかるのが没後だというのも驚きだけど。
「虎は死して皮を残し人は死して名を残す」と言うけど、
親は名ではない大事なものも残すんだな。

 

なんかもう、そのとてつもない価値ある無形の遺産に気付いた時、
親には感謝しか出来なくなる。

 

不必要なしきたりを壊していきたい思いがあって。
「前例がないこと」でも必要なことが今作ればいいし、
不要なことはなくしてもいいと思っている。形式だけのものよりも
内実を大切にしたいと思う。


毎日ご飯をあげたり、お経をあげたりは私には無理。
でもこういう形で感謝するのが私の供養だと思っています。

 

 

この話、すごくほのぼのして好き(^_^)

 

 

 

 

 


ついでに笑わせてくれたこのエピソードもすごい好き(^_^;)

 

みなさん。尊いです(^_^)

 

 

 

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