お互いさま おかげさま ありがとう

両親の介護も一段落 双極性2型障害と気長に共生中

生命は雪のように地上に舞い降りる

 

昔からよくふらつく私 (ーー;)


昨日先生に「よくふらつく日があるけど、まったくなにもない日もある。年のせいですか?」と尋ねたら、「半分はそうかもしれないけど、後半分は違うかも」と言われました。

 

そういえば20年前にも浮遊性のめまいでまっすぐ歩けず毎日注射に通ったことがあったなあ、と。そのときは勤めてましたけど。年のせいじゃないのはもしかして耳のせいもあるかもね。

 

日によって玄関前の廊下がつり橋みたいに揺れている感があります (ーー;) 家の中でもよくぶつかるから眼鏡のレンズも傷だらけ。これも作り直さないと駄目かもしれない。ついでに自転車の後輪もパンクしたので、これも直さないと…。

 

どれも必需品だけに年末の出費が痛いです (/_;) 今年ほど年末感がない年もなかったですけどねえ… (*-д-)-з

 

近所の内科医院のリストをもらって見ていたら、週のうち月火水の3日間しか診察されてないところがある…。近いんだけど…。慢性病だし、まあ、ここでもいいような気がするけど、悩むなあ。来年ですね。

 

 

 

ストリートビュータイムマシン

 

Googleストリートビューにタイムマシンがあるのをご存知でしょうか?ざっと過去10年くらいの我が家を遡れるの。この時父がまだ生きていたとか、母が特養に入った時だとか、その頃来てくださっていたみなさんを思い出してすごいです。

 

 

 

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2009年の9月。父が亡くなったのが10月だったので、最後の入院中か入院の前後と思われます。緑のカーテンとか作ってる。

 

 

 

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2013年の9月。母が倒れたのが10月だったので、この時はまだうろうろしていたと思われます。玄関にシルバーカーが見られます。私の自転車、結構長く乗ってますね。そろそろ寿命かもしれません (ーー;)

 

 

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2014年4月。母の在宅介護中。暗いのはお天気のせい。

 

 

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2016年8月。在宅介護は終わったけど、疲労でのびていた夏でした。

 

 

 

静かな達観へ


時々亡きお祖母ちゃんが写り込んでたとか、感銘を受けておられる方がいらっしゃいますが、わかるなあ。

 

人は誰かの記憶の中で2度目の生を生き、記憶するすべての人が亡くなると完全な死を迎える。(これ、「トーマの心臓」かな?)あえて死に急ぐ必要も、無駄に長生きもいらない、天命のままでいいと思う。

 

忘れられない、忘れたくないささやかな記憶の瞬間を大切に重ねていけばいいと思う。それはいつか他の誰のものでもない、自分だけの綺麗な織物のようなもの価値あるものになるから。

 

世に広く名前を残す人はわずかだし。無名でいいのよ。誰かにとってかけがえのない人であれば。そうあれたらと願う。

 

 

 

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