読書の記憶は苦労とセットになっているかも…
読書の記憶というのは、結構大変だった記憶とセットになって残るもののようだと思う。
「蒼穹の昴」を読んでいると、20年前を思い出します。年にアメリカを10往復してました。現地では一人寂しいホテル住まいでした。その寂しさを紛らわせてくれたのが、この小説です。あの頃は、報われない仕事をよく頑張っていたなあと思います。^_^
— ガラム@双極性障害II型(休職中) (@AL_G_G_LS) January 23, 2019
私は父の介護中でしたね。父は夜は静かにしてくれたので、結構読書がはかどりました (^_^;) https://t.co/5mcIbZlyUn
— 藤本恭子/双極性2型障害と共生中 (@haruusagi_kyo) January 23, 2019
読書の舞台裏というのはなにもかもが順調な時よりも、いろいろと現実で苦労しながら、時間を紡いで読み続けた、という記憶がもろともに思い出されて、なんとも切ないような不思議な気持ちになるものですね (^_^;)
— 藤本恭子/双極性2型障害と共生中 (@haruusagi_kyo) January 23, 2019
本の内容は内容で、ちゃんと覚えてるんですよ。登場人物の心情とともに記憶が蘇ってくるから。「蒼穹の昴」は西太后が結構好きだったなあ。
父の介護中は本当に夜は静かにしてくれて助かりました。まあラキソベロン(便秘治療薬というか、下剤です)を使った時は夜昼無関係で一日10回くらいおむつ交換を余儀なくされていましたが。
まあ、在宅で介護をすると介護家族の方にも結構ダメージがあるようで、特に老老介護みたいになると、介護者の寿命がやや短くなる傾向があるようです。うちもそうだったねえ。まあ、母も若い時から心臓悪かったけど。
いろんな要素を見ているので、私も自分がそんなに長生きするとは思っていません。
だから余生は本当に好きなことして過したいなあ、と思う。そうするとそれはやはりお絵描きになってしまうので、そのためになにをどうするかがおのずと見えてきます。
なんとなくね、両親もこの家を手放すことは許してくれているような気がするんですよね。介護のお礼の気持ち?…なんとなくそういう感じかも。
相続登記のあまりのスムーズさを考えるとそういうふうにしか思えませんね。ま、相変わらず夢を観ないので、言葉で意思確認が出来なくてあれですが… (^_^;)
「楽しい」と感じる距離感で
読書だけじゃなくて、お絵描きはもちろんですが、私は本当に大切なものはずっと手放さずに続けてるんですよね。「好きなこと」「楽しいこと」「面白いこと」は続くんですよ。いくら大変でも。
このあいだから人間関係についてあれこれ考えていましたが、なにごとにつけても継続しているということはある種の信頼にもなるんですよね。まあ、人間関係だと「腐れ縁」というのもありますが… (^_^;)
一生涯続く人間関係は2、3人もいれば多いくらいで、そういう相手が見つからない人も少なくないと思いますが。美輪明宏さんがなるほどなことをおっしゃってますね。
hatigatunokujira.at.webry.info
人間の付き合いというのは「腹6分」がちょうどいい。いつまでも付き合える人は一生に何人も出てこない。親友なんて一人いればいい一方で、助けが必要なときにはいつも助けてあげて、普段は当たり障りのない距離で見守っている人のことでしょう。
ああ、まさにそれだわ。近づきすぎないからうっとおしくならない。だからずっと続く。
これは趣味でもそうじゃないかな。のめりこみすぎて嫌になったりとかするし。そこまで近づきすぎずに「楽しい」と感じる関係と距離感でいくのがベストではないでしょうか。
選択範囲が出来ました。やっとぼちぼちカラーです。陰影レイヤーからね (^_^;)