つれづれ日記ー逝春抄ー

お絵描きと介護で多忙な日々 双極性2型障害と気長に共生中

たまには自分の身体に感謝しておこう (^_^;)

 

できたらご飯を作れたら、と思って予約投稿です。

 

健康だと忘れているというシステム


人間の神経というのは面白いもので、健康な時はわりと「当たり前」なので、肉体とか内臓の存在を忘れていることがほとんどです。

 

それが「痛い」とか「苦しい」とかの異常を感じて初めて肉体を意識するようなところがありますね。

 

頭痛がする、とか、胃が痛いとか、お腹が痛いとか、足がつったとかで、初めてその場所に気を取られるように出来てるのかな、と思います (^_^;)


その中に入っているのが「心臓」ですね。これが普通に正常に鼓動を打っていてくれる時はやっぱり存在を忘れているんですね。すごく緊張した、とかでドキドキするとか、悲しいことがあったから胸が痛くなる、とか、不整脈が気持ち悪いとか、そういうふうに感情や気分とも同調するようになっていて、その都度に存在を思い出させてくれるのが「心臓」です。

 

こんな記事を見つけました。

 

kokoronotanken.jp

 

パニック障害を克服してから、私の場合は心臓の存在を忘れがちな日が続きました。でも母が亡くなったという電話を受けた時、精神的にも心臓の鼓動も瞬間パニックになっていました。

 

幸いに、病院に着く頃には平静を取り戻していましたが。訓練されたといえば、そのパニックから平静に戻る時間が短くなったことかなあ、と思っています。「これ以上ひどいことになることはない」と経験でわかっているからですね。

 

今回、安静時の心電図で動脈が細くなっている部分がある、というのも初めての診断でしたが、案外すんなり納得もした気はします。

 

でも痛かったり、苦しかったりすると、否応なく心臓の存在を意識させられますね (^_^;) いかなる時にでもその存在が忘れられなかったのがパニック障害の時だった気もします。

 

 

 

休まず働くありがたい存在

 


私もかなりまともな状況に戻りつつあって、おそらくは二トロールの効果もあって、徐々にまた存在を忘れつつあります。忘れていても律義に真面目に働いてくれているのが臓器なんだなあ、と改めて自分の身体にも感謝しています。

 

でも、あまりにも心臓の働きと感情や気分は密接に関係しているので、悲しいことがあって、胸が締めつけられるとか、わくわくしてドキドキするとか、喜怒哀楽全部に反応してしまうから、心臓が悪くてそうなっているのか、脳とのネットワークがそうさせているのかわからなくなりますが… (^_^;)

 

私の場合も様子を見て、都合で精密な検査が必要な場合は大きな病院に行く必要が出来るかもしれません。うちの母は心臓が悪くても、カテーテルを怖がって絶対に検査を受けてくれませんでしたが (ーー;) 私は必要があればまあ、仕様がないかな、とは思いますが。

 


普段忘れているから、故障がある時くらいはずっと休みなく働いてくれている心臓に感謝しておこう。止まったら死ぬけど (^_^;) まあ、すべての臓器も脳のネットワークも真面目に働いてくれているから日々過ごせるんだと感謝しています (^_^)

 

病気になったり、怪我したりして不自由や痛みを感じないと身にしみないことってあるよね。それを知るのも大事なことかもしれませんね。

 

 

 

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