つれづれ日記ー逝春抄ー

お絵描きと介護で多忙な日々 双極性2型障害と気長に共生中

「大丈夫。なんとかなる」

 

肉体的には老化が進んでいるような… (ーー;)

 


あー、なんだかやっぱり老眼がひどくなったのかもしれません。モニタから離れた方が見やすい、ってことはそうだよね…。

 

私はもともと近視と乱視もあるから、非常にややこしいのですが、やっぱり目も疲れやすい気はします。

 

一昨日、作業療法士さんに、「スマホにしませんか?」という広告がよく来る、とぼやいていたら、私はこの年齢にしてはIT機器をよく使いこなす方だと言われました。まあ、機器といってもパソコンとタブレットKindle paperwhite くらいのものですし…。でもMacは仕事で20数年前からずっと使っていたからその続きで不思議ではないんですが…。
その時期に主婦とかお仕事の種類でPCに縁がなかった場合はとっつきづらさがあるかもしれないなあ、とは思いました。

 

でもさ、私はあんまり外出しませんよね。だからガラケーMacタブレットがあれば、スマホも必要ないんだよね。地図は覚えるか、誰かに聞けばいいし。使い方教室なんかいらないから、料金を安くしてくれれば考える (ーー;) それに尽きます。

 

ガラケーでも不要な機能が多すぎると思うのに。いっそのことキッズケータイでもいいくらいだな。

 

 


「大丈夫。なんとかなる」

 


…どこかのお坊さんが言いそうな言葉ですが…。

 

私の中には現在この言葉が存在しているのです。どこから来たんだろう?根拠のない自信に似たこれはなんだろう?と不思議に思いました。

 

私はそもそも高2の時からパニック発作に悩まされていました。その頃は精神科には通院していなくて、近所の内科で安定剤みたいなものをもらっていましたが…。

 

でもずっと目に見える精神安定剤を探していて、私の場合はそれが「家族」だったのですね。外部だと「病院関係」なにが起きてもなんとかなる、という意味での安心感を求めたら、そのふたつに行き着いた次第です。

 

そこから行動範囲を拡げていきました。小児科医院に就職しましたし、家族といっしょなら、旅行にも行ったし、飛行機にも乗れました。ひとりでは無理なこともそれらがあると出来たんですよね。もちろん、発作は起きましたが、「なんとかなる」精神で本当になんとかなったんですよ (^_^;)

 

それでも30年以上パニック発作との闘いは続きました。それでも2、3歳くらいだった姪が一緒でも「この子に危ないことをさせてはいけない」方向に注意を向けるようになって、それで次第にコツが呑み込めたんですね。自分の症状や状態に意識を向けすぎないこと。

 

その後の十年余りで、両親と弟と合計で十数回救急車の付き添いで走ったおかげで、「自分のことに意識を向けない」ことに磨きがかかりました (^_^;) …で、おかげさまでいつのまにかパニック障害を克服していた次第です。

 

 


パニック克服と同時に得たもの

 


長くかかりましたが、振り返ると、その「大丈夫、なんとかなる」というのをお腹で理解するのに必要な体験と歳月だったのかもなあ、と思います。頭だけの理解じゃなくて、身体がしっかり覚えて不要な反応をしなくなるまで。

 

「予期不安」というのは「まだ起きていないこと」に対する不安なので、それがもし起きたとしても「大丈夫、なんとかなる」と思えるようになると強いですよ (^_^;) これを全身と頭と魂で理解するために30年以上の年月が必要だったのかもなあ…。

 

人生に無駄な経験はひとつもありませんね (^_^) まあ、そういう自分の体験にもとづく心のありかたみたいなものを折々に書いてはいますけど、読んでくださる方もやはり頭だけの理解だと効果がないと思います。

 

「腑に落ちた」時に見える世界ががらっと変わるんですよね。そこに至るまでには結構辛い体験もありますが、でも抜け出せたら新世界があるんです。

 

あー、でも私はパニックから抜け出すと共に「大丈夫、なんとかなる」と信条にしてしまったふしがありまして… (^_^;) …まあ、実際にこれまで本当になんとかなってきたからなんですけど、この先もなんとかなるのでは?と思ってはおります。

 

あまり余計な不安とか心配とかしなくなったみたいです。むしろ「これは大丈夫」と直感したことはほぼ現実になるような確信があります。

 

普通に健康で順調にきた人よりはかなり多くのマイナス要素の多い人生を過ごしてきましたが、それらすべてから得られるものがあるような気がします。すごいいい勉強になってるから、だから悪くないと思うんですよね。なにしろ無駄がないので、いつかはそれらが結実するのが楽しみだと思っています (^_^;)

 

 

ちょびっと仙人ぽい? それがさ、現実的な欲求、たとえばお金に関することとかがどんどん薄れていっていて、逆に困っていたりはするんです。物質的な執着も昔よりは薄れていますね。なにしろモノがあっても「持って死ねない」っていうのはすごくわかってしまってるんで…。伊達に両親を看取ったわけじゃないかもしれません。

 

人生の行き着く果てを見ちゃうと「つまんない物欲」とか思っちゃって駄目です。本当に執着心がなくて、まだ生きるのにお金が必要なのはわかっていてもね〜 (*-д-)-з 

 

 

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