つれづれ日記ー逝春抄ー

お絵描きと介護で多忙な日々 双極性2型障害と気長に共生中

私の中のバランス世界

 

このごろやはり夜のほうがしんどさがましに感じます。
だからブログも主に夜に書いて予約投稿しています。

 

今日はクリニックの受診日ですが、ちゃんと起きられるかな?いささかの不安が残るので、早起きが必要な時は薬も休みにした方がいいかもしれません、またすぐ明日には戻すので… (^_^;)

 

 

絶望することについて

 

 


絶望(ぜつぼう)とは、希望のない様子を指す。英語ではディスピア(英: Despair)。

 

社会的地位の喪失、信頼すべき相手(家族や親友、恋人など)の喪失・裏切りまたは死去などに遭遇し、未来への希望を失ったとき、人は絶望に陥る。

 

戦争などの極限状態では絶望が起こりやすい。平時でも、強姦や児童虐待、リストラやいじめなど辛い経験に遭遇し、絶望することがある。

 

また、幼少期の児童虐待育児放棄等によって、成人期に精神疾患境界性パーソナリティ障害により絶望が増強することがある(ひどいケースでは解離性同一性障害を発症する、治療は極めて困難を極める)。
絶望している際は、ひどい孤独感、世界から孤立し社会的に見捨てられたような感覚に襲われ、場合によっては自殺を考えるに至る。

 

自殺に至らなくても「生きているのが辛い」というのも絶望の末期と考えられる。

 

絶望に陥りやすいパーソナリティがあるという説がある。完璧主義的な人は、自分では乗り越えられない壁にぶつかると絶望しやすいです。自尊心の低すぎる人は絶望しやすいともされる。

 

実存主義の哲学者セーレン・キェルケゴールは、著書『死に至る病』において、絶望の根底には自己意識があり、絶望とは死に至る病なのだと述べたうえで、絶望の対極に神による罪の赦しを挙げている。
                                              ーーーーーーーwikipediaより

 

 

 

 

yumemana.com


興味深い記事でしたので、ちょっと考えてみました。

 

そもそも私はまったく救いがない状態、100%の絶望って経験したことがあったかなあ?というものです。

 

鬱はもう日常茶飯事で10代の時から経験してますが、いままで生きてこられただけ、完璧な絶望(変な表現かなあ?)っていうのを経験したかなあ?と思ったのでした。

 

絶望しても全然不思議ではない体験は普通の人よりもたくさんあると思います。

 

ただね、私はどういう時でも希望の光を見つけるのが得意なんですね。こちらが駄目でもあちらがある、みたいな代替案を見つけるのも結構速いし。沈着冷静な裏には多くの別人格みたいなキャラクターというか、イマジナリー・フレンドが存在しているし。

 

そしてなによりも美に対する感性が鋭いというか、哀しみや苦しみの中でも美を見つけることは別個にあるんです。

 

さらに「絵を描く」「文章を書く」ということで、ウソがつけない。本当に自分が書きたいことしか書けないあたり、精神のバランスを取ろうという作用がすごく強く働いていると思います。

 

私の人生の課題の大きなものには「バランスを取る」というのがあります。双極性障害もそうですが、クロスドミナンスもそういう象徴に思えます。極端に走らずに自分の中でバランスを取ることってものすごく当たり前のことなんですよね。

 

まあ、仮に人生が順風満帆で、あんまり悩みのない日々の繰り返しだったら、それなりに毎日が楽しければ創作なんかしてないかもしれませんね。

 

 

 

いろいろな存在が無理なく共存している

 

うちのこのへんは結構田舎なんで、昼も静かですが、夜はいっそう静かです。早くエアコン使わず、窓を開けて眠れる涼しさが戻って欲しいなあ。

 

このあいだマッサージの先生からお聞きした話ですが、京都市内の大学の関係施設では結構野生動物の姿が見れたようです。教育大学近辺では一時期きつねもうろうろしていたらしい。京大の寮にイノシシとか鹿とかニュースになってたなあ、と。鴨川上流には山椒魚がいるしさ。

 

政令指定都市だけど、いい感じに田舎ですね (^_^;)ケアマネさんに「もっと田舎でもいいかも」と言われたことがありますが、ここ以上に不自由になると車がないと生活出来なくなりますし…。京都の魅力ってそういうところじゃないかと思います。

 

 

まあ、確かに現実は厳しいけれども、それに対して冷静沈着に対応しながら、同時に私の中には永遠の中二病もあるわけで、複数のイマジナリー・フレンドと共に私の中のバランスを取ることを助けてくれています。

 

現実世界と想像世界はまったく別個の世界ではなく、常に並行世界として存在しています。それをきちんと意識下に置いていると、どちらかの世界が極度に肥大したりしないで、もろともにいい感じに成熟し深く豊かになっていくのです。

 

…私の中ではそういう感じです。だから100%の絶望は必要がないのですね (^_^;)

 

 

 


お絵描きはいまここ。
陰影レイヤーが出来ました。

 

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