つれづれ日記ー逝春抄ー

お絵描きと介護で多忙な日々 双極性2型障害と気長に共生中

それでも私は意味を探さずにはいられない

 

腰もお腹も冷えていたみたい…


昨日、午後から腰にカイロ(ミニサイズ)を貼りましたら、非常に気持ちが良くて、お腹のグルグルが止まりました。そうかあ…、冷えてもいたんだなあ。

 

そういえばタクシーの運転手さんが「今朝、北山と西山が真っ白でしたね」と言われてましたっけ。夜中に顔が冷たい、と思ったら室温11度でした。

 

裏の部屋で寝ていた頃なんか、室温4度とか、冷蔵庫みたいな時もありました。プレハブって断熱材入ってないのかもしれません。夏は平気で37度になるしね。家の中でエアコン3台つけるとブレーカーが落ちるので、もっぱら扇風機で我慢してました。

 

まあ、とにかく冷えには気をつけようと改めて思う次第です。コンビニですぐに手に入ってよかったですが。

 

今日こそ年賀状を片付けたいなあ…。

 

 


病気になることに意味はあるのか?

 


昔、友人との手紙のやりとりの中で「人間には二種類ある。生きることについて考えないと生きられないタイプと、そんなことを考えなくても生きていけるタイプとだ」というような文章をどこかで読んで、えらく感銘を受けて話題にしたことがありました。誰の文章だか思い出せないんですが…。20歳くらいの時でした。

 

そうだよね、私は考えないとそもそも生きている気がしない方だったので、それ以前もずっと考え続けていて、特に10代後半に病気による挫折を体験したために、その傾向が強くなったと思っています。

 

昨日もほとんど声を出してくれない母の言葉を聞き取ろうと耳を澄ませて、もしもこのまま左耳の聴力が戻れば、一旦聴こえなくなった意味はものすごく明らかにわかる、と思いました。

 

治らなければ、また違う解釈になると思いますが、聴こえるように戻れば、これは「もっとよく他人の話を聴きなさい」という示唆だと思いました。その解釈はすとんと私の中に落ちてきました。

 

そしてさらに考えました。

 

 


人生を考え直し軌道修正するチャンス


精神疾患というのはメインコンピューターが狂ったり誤作動したりするくらいだから、それだけの過負荷がかかっていて、無理をして大きなダメージを受けている。だからまず休ませることが大切だし、回復してももとの100%のパフォーマンスを求めるのは現実的ではない。オーバーワークになるのは目に見えている。

 

だから一度はそれまでの自分の生き方や価値観を考え直すチャンスでもある、ということだなあ、と私は思っています。

 

能力が落ちたと嘆かずとも、人間の脳には可塑性があるから、いままでとは別の分野で活躍が出来る可能性があるかもしれないし…。

 

そういうことを見直し、考え直し、無理のない方向に軌道修正する生き方を見つめ直しなさい、という意味じゃないかと考えています。これも私には自然な解釈でした。

 

そういうことが腑に落ちると、不思議だけど、身体も無理をしない方向に動こうとするから、徐々に調子がましになっていくんですよね。これは自分の経験から。

 

前向きに受け止められるようになることで、変化するんじゃないかと思います。

 

 


心も身体もメッセージを送っている

 


だから私は自分がどうしていま、このタイミングで病気になったのか?という意味を考えるのが好きです。

 

明らかに不摂生をしてたとかは論外ですが、どうして無理をしていたか?とかは自分でも見当がつきやすいと思います。それをいい機会だと思って軌道修正するか、再度、自分がもっとも大切にしたいものについて見つめ直すとか、そういう機会でもあると思うんです。

 

結構身体は正直に反応してくれたりするんで…。私はしんどいだのグズグズ言いながら、自分の心と身体をわりと冷静に観察しています(^_^;) 

 

「もっと人の話をよく聴きなさい」と耳が痛いですが…(^_^;) 

 

…そうなんだよ。私はわりと自己主張が強い人間なので、もっと根気よく人の話を聞く、という大事なことがおろそかになりがちなんだよね。それに気をつけなさい、と自分の身体が促してくれているのだと思っています。

 


本当はそんな意味なんかないのかもしれませんが…。でも私は考えて答えを出して、、それを生涯続けていくことで、納得出来る人生を送れると確信しているので、これからもきっとずっと考え続けると思います(^^)

 

 

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