自律神経失調症
やっと晴れましたが、起きると頭痛。実は昨夜は動悸がひどくて、耳の奥で頻脈かつ動悸、という感じでした。さすがに寝付かれず、胸も苦しいのでひさびさに救心を飲みました。おかげでしばらくするとマシになって眠れましたが…。年に1、2回は救心が必要になるようです。
ぼちぼち体温も上昇しつつありますし、やっぱり自律神経だろうな〜 (ーー;)
子供の頃の性的虐待(?)について思い出してしまった
ちょっと重い話かもしれませんが…ご容赦ください。
昨夜、まったく別の検索をしていて、たまたまこういう記事に辿り着き、おりしも引っかかっていた小学生時代の記憶を思い出してしまいました。
うん…。ほとんど忘れていることが多いからPTSDにはなっていないと思います。でもたまーに蘇ることはあるかなあ…100%ではありませんが…。
同じ歳の、同じクラスの子たちが相手の場合は「虐待」って言ってもいいのかどうか微妙ですが…。
ちょうど10歳頃、小学校の3年か4年だったと思います。
べつに普段からいじめられてたとか、そういうことはまったくなかったです。私はわりと男女の区別なく日常的に遊んでいたので、呼びに来た男の子の言葉もまったく疑いもしませんでした。
で、校舎の裏に行って見たら、クラスでも大柄な子を中心とした数人のグループの子がいて、そこで捕まってしまったのですね。一人ではどうしようもなかったですし、怖いとかそういうのではなくて、屈辱感が大きくて無性に腹が立ちました。
10歳くらいの男の子の知識の範囲ですから、本当にレイプまではいっていませんでしたが、その時に心の中では最も腹立たしく思っていたのは、止めるわけでもなく、知らせるわけでもなく、ただ見ているだけの数人に対してでしたけど… (ーー;)
どうやってその場から逃れたのか、その後のことはどうなったのか、ほとんど覚えていません。また「忘れる」という自己防衛が働いたみたいです。
親と先生がバタバタしていたことだけは覚えています。具体的なことはわかりませんが、私が怪我をしたわけでもなかったから、表ざたにはしないように働いたんじゃないかと思います。
理不尽なのはこういう時に被害者であるはずの私が責められることでした。それも怒ってたなあ。
見ているだけの子たちについてはいまではあそこで動いたら自分たちがいじめかなにかにあう危惧があったんじゃないかと思います。振り返ると許せるけど、でもだからこそ、自分は困っている人を見捨てたり見ないふりしたりする人間にはならないでおこうと決意しました。
でも、その後もちゃんと学校には行ってたから、忘れるほうがきっとよかったんだと思います。おまけにそのクラスって卒業まで3年間クラス替えなしだったし (ーー;)
でも、他にも理由はあるけど、担任の先生のことは信頼出来なかった。今に至るまでの根強い教師不信がそのころに生まれたと思います。
見えない被害はもっと多いかもしれない
13歳未満の女の子の15.6%が被害者か…多いよね。
私もこの話をしたのは初めてです。いままでほとんど誰にも話したことはないと思いますが、こうやって公に書くとなんだかすごくすっきりするね (^_^;)
別に訴えたいとかそこまで思ってはいないし、ほとんど許してる感じはあります。自分で区切りをつけたかったんだな、きっと。数十年の昔です。
男性不信にならなくてよかったと思いますよ〜 (^_^;) なってたら人生の半分損したような感じになるもんね。
この話もいまだから「もう公開してもいいや」って思う。
いま、すごくこの本が読みたくて、手元にあるんですが、なかなか集中力がなくて悔しいのです。

身体はトラウマを記録する――脳・心・体のつながりと回復のための手法
- 作者: べッセル・ヴァン・デア・コーク,柴田裕之
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うちの親は比較的子供の気持ちに寄り添ってくれる人たちでしたが、やはり性的なことは親子だから話題にしづらいことがあって、その当時に親以外に親密な人がいたらどうだったろうか?とふと思うことがあります。
私は忘れもしない11歳の夏に「もう子供じゃない」とはっきり自覚した瞬間があって、それ以降になにかが大きく変わったんだと感じています。くっついてた卵のかけらを振り落としたみたいに。
双極性2型障害の希死念慮の時以外には死にたいとは思わないな。もうかなり乗り越えたからいいんじゃないかと思います。でも同窓会名簿から抹消して欲しいと願うほど、学校時代のことは思い出したくないことが多いですが… (ーー;)