お互いさま おかげさま ありがとう

両親の介護も一段落 双極性2型障害と気長に共生中

十人十色の第一歩

このところの父は昼夜逆転の傾向にあるようで、昨夜も午前1時から起きてました(汗)嶺で、午前4時にはもう我慢出来なくて朝食です。始めたら私らも寝ているわけにはいきません。一度は起きて自分達もご飯を食べて、もう一度朝寝というか、寝直ししてしまいました。蓮 ここ数日こういうパターンなんだなあ。寝直して起きてもまだ8時前だったりして。丹

急に涼しくなったので、さすがに着替えをしています。半袖はもう無理かな。父も長袖に着替えさせました。お布団は薄めの方が軽いかなあ、と思いますし。今回の認定でも要介護5は変化無し。 なんだかこまごましたお金はたくさんかかるのに、年金は減るし、介護保険は増えるし、健康保険も高くなったし…と家計が逼迫します。輦頭の痛い秋です。怜

Web拍手ありがとうございます。

 …………………………

四神の関係で、なんとなく上京区に住んでいた子供の頃を思い出しました。御所のすぐそばでしたので、平安京から考えるとそうじゃないんだけど、「都の中心」的な感覚がなんとなくあったなあ、と思います。

で、その頃、幼稚園の時代には私はまだ舌がよく回らない子供だったんですね。しゃべりだすのは早かったようですが、うまく舌が回らないので、まわりから見るとおかしかったようです。

特に「サ行」と「タ行」が混乱してました。「おさる」と言っているつもりが「おたる」だったりして…(汗)で、幼稚園でもまわりの子に結構笑われた記憶もあるのですが、あの当時はまだ幸にしていじめとかはなかったですね。

自分のことは一人称で呼んでいました。しかしそれも「きょうこ」が上手く言えなくて「こうこ」になったりしまして…。それも笑われた記憶があります。なかなか「私」とは言えなかったのでした。ようやく「私」が言えるようになったのは小学生になってからです。

よく本は読んでいましたが、それと実際の発音とは別なのかな。いまもあまり話すこと自体は上手くありません。それでも他人とコミュニケーションがしたければ、いつかなんとかなるもんだよなあ、と思ったりして…(笑)秊

今は幼稚園に行く前から早期の幼児教育を始めたりしていますが、ああいうのってどうなのかな?とふと思ったり。子供それぞれに発達のスピードが違っても当たり前ですよね。もしも出来ない子がいたとしても、あまり早くにコンプレックスになるようなことはさせないほうがいいだろうな、と思います。

出来ることはもちろん充分に褒めてあげて。「みんな違ってみんないい」という気分的に楽な世界になって欲しいものです。

Copyright (C) 2001-2018,Haruusagi All rights reserved.