つれづれ日記ー逝春抄ー

お絵描きと介護で多忙な日々 双極性2型障害と気長に共生中

病気を友とする生き方があってもいい(パニック障害からの学び)

他人を励ますと、逆に自分が落ち込む傾向にあると気付いた鬱期の私です (ーー;)
まあ、きっとそれも仕様がないんだろうけど、あー、もしかしたら余計なお世話だったかなあ…と思うとあとで落ち込む次第…。仕方がないよね。黙って通り過ぎるのが出来ないんだから…。

 

 

精神疾患でも治る病気について、たとえばパニック障害うつ病や、そういう類の病気については、私は自分の経験があるから、つい「大丈夫、治るから」と言ってしまうんですが。私の場合、その完治までに40年近くかかっているのが事実なので、だからうっかり「40年」とか言っちゃうと、まだ若い人などはその長さに落ち込んでしまうんですよね。

 

いま現在10代とか20代の人だったら、40年先なんて、具体的に想像も及ばないかもしれません。過ぎてしまえばあっというまなんだけど…。でもきっと若い人には「長すぎる未来の話」で、だから気持ちが焦っても無理ないかもしれない、と思います。

 

でも、単に40年近く、と言っても、ずーっとパニックがひどかったわけじゃなくて、働いてもいたし、そのために条件の合う職場も探したし、手に職をつけたり資格を取ったり、そういうことでなんとかいろいろ工夫はしてました。

 

パニックだから、「なにかあってもお医者さんのそばならなんとかなるし、なんとかしてもらえるだろう」という動機で通信講座で医療事務を勉強して資格を取って、小児科医院に勤めましたしね。動機はつまりそういうものでした (^_^;)

 

 


で、少しずつ外に出ていることに慣れると、もうちょっといろいろなことも出来るようになります。…とはいえ、やっぱり発作の波があって、国道の信号が渡れない(向こうに書店があるのに)とか、家でひとりでいても不安で仕様がない、とかそういうこともありました。

 

逆に調子が良ければ、家族で旅行にも行ったし、飛行機にも乗りました。母に「大丈夫かいな?」と言われましたが、「乗ったらもう、落ちてもいいと覚悟するわ」と開き直りました。どこかで「発作」→「死に至る(ほんとは死にません)恐怖」→「パニックの最中を人に見られたくない気持ち」とか、要するに自分の深層にはそういうものがあるなあ、と気付いていたんですね。「死んでもいいや」という開き直りは結構有効だったかも。ついでに「かっこ悪くてもいい」という開き直りも覚えました。

 

まあ、そのあたりから、いろいろなコツ、発作の最中の症状だけに気を取られないコツがわかっていきます。やっぱり自律神経の働きで、不安や恐怖がますます症状を悪化させるシステムも理解できたので。

 

じゃあ、発作が起きそうになったらどうするか、なるべく早いうちに「症状から気を逸らせる」ことがいいのですね。動悸はひどい、脈は速くて吐き気がする。眩暈もする呼吸がうまくできない。足がもつれる。etc. …そういう症状は不安や恐怖から大量に分泌されたアドレナリンの作用でよけいにひどくなりますしね。

 

 

 

そうはいっても、いきなりリラックスするのはとても無理です。精神安定剤の力を借りてもいいですが、もしもそこが電車の中だったら、友達と一緒だったら、気分が悪くても孤立しないで馬鹿話をする方がいいんです。私がよくやったのはまだ小さな甥や姪と一緒に外出することでした。目が離せない小さな子を見守るというのは気を遣う仕事です。自分のことばかり考えているわけにはいきません。ケガをしないように、危なくないように、そういうことに気を配っているのが発作の予防になるんですね。これは本当です。

 

その姪はやはり特養に勤務していますが、「私な、前から会議とか部屋にじっとしていたら息が苦しくなってくるんよ。で、病院に行ったら『パニックです』って言われた。けど、早めにもらった薬飲んだからましになったよ」と言っています。いやはや、姪には今2歳の子供がいるから、実際に子供から眼が離せない状況で、それが幸いかもしれません。

 

「私、小さいころのあんたらに随分助けてもらったわ。今度発作が起きそうになったらうまいこと気を逸らしなよ」と伝授しておきました (^_^;)

 

 

 


私が初めてパニック発作を起こしたのは高2の夏でした。パニックだけじゃなくて、こじらせた慢性盲腸炎からの影響かな(多分)慢性膵炎にもなっていたので、心身の養生を余儀なくされました。本当は入院するはずだったのですが、母が「食事療法をやります」と言ったので、かろうじて入院はまぬがれたけど、食後は苦しくてしばらく横になるしかありませんでしたが…。(せっかくだからついでにダイエット、とやったのは、さすがに病気がもうちょっとましになってからね。膵炎では脂分と糖質を制限されていましたし)

 

2重苦(?)のわりに私があまり落ち込まなかったのは、もともと学校嫌いだったから、ここでひと休みできるのはラッキーかも、と思ったからのような… (^_^;) つくづくポジティブですよね、我ながら。

 

あんまり焦ってもいなかったな。私はこのへんの価値観がずれてるから、もとより結婚する気もないし、(相手が誰でもよければ出来た時代でしたが)専門的に勉強したいこともないし、もとより自分の遺伝子は残したくないから子供はいらないし…。思えば焦る必要がほとんどなかったんですね。

 

でも手に職、というので洋裁を習って、医療事務の資格を取りました。療養中に学校では得られなかった趣味の合う友達もたくさん出来たし、お絵描きも出来るし、それはそれなりに楽しかったです (^_^;)

 

 

 


今、若い世代の人だったら、そういうレールから外れてしまうのが不安で、だから焦るのかな?「ゆっくり療養してもいいと思うけど…」って言っても、なかなかそれが出来ない人が多いのですね。かえって30代とか40代になって、残りの人生の有限に気付いて、退職される人も少なくないのですが…。その気付きがちょっと前倒しになっただけなんだけどな、本当は…。

 

ただ女性だと結婚はいつでもいいとしても出産にはある程度適齢期があるから、それは気になるのかな?でもまだ10代とか20代だったら、仮に10年くらいのロスなんてたいしたことじゃないと思うんだけどな…。

 

もともとアドラー的な価値観と人生観で生きていると、一見マイナスと思えるようになった時の受け止め方や生かし方が全然違ってきますね。私はいま振り返ってもその40年近くがマイナスだったとは全然思っていません。むしろ普通に順調な人生を送ってきた人の何倍も充実した濃い人生を送ってきたと満足していますが…。

 

そうだよ、こういう時こそアドラー先生のことを思い出すのがいいと思います。私はもともとアドラー先生っぽい人間だからすごく容易いことなんだけど、価値観の変革でやはり充実と幸福感は相当違ってくると思います。

 

病気のときこそ、実はいろいろなチャンスに満ちている、っていうのは本当だと思います。

 

 


アドラー心理学の考え方で行くと、病気の時も、介護の時もやっぱりなにひとつ無駄な経験、無駄な時間って存在しなくなりますね。誰とも比較しない私の人生。どこまでもオリジナルな私の人生。

 

順調な人生よりも、つまづいたり転んだり失敗したりした時の方が、人間として得るもの、学ぶものは圧倒的に多いのです。失うものがあるかわりに、得るものも非常に多いというのが私の実感。だから昔に戻れたら、とかやりなおしたいとかはまったく思いません。いままでのすべてが「現在の私」を形成しているのがわかるから。だからこのまま死んでも後悔もしないでしょう。そういうふうな経験に恵まれたことに感謝しています (^_^)

 

アドラー先生は否定されていますが、役立つなら私は例によって亡き祖母にも頼りました。形見の指輪をずっとはめていて、ひとりで外出する時は「おばあちゃん、一緒に来てね」と心の中で頼んで (^_^;) これもなかなか有効な手段でした。死者に頼むのも、なんでもそうですが、依存にならなければ、いろいろやってみる価値はあると思います。

 

焦らないで、諦めないで、受け入れて怖がらないで、一緒に行こうと受け入れることが出来た時、実は治癒への道のりを一歩二歩と踏み出しているんだと思います。

 

 

 

 

…おやー…? うつうつと書き始めたのに、書いているうちにやや浮上したぞ… (^_^;)
気を取り直して買物行ってこよう (^_^;)

 

 

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