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両親の介護も一段落 双極性2型障害と気長に共生中

死の方向から生を見つめること

 

 

ことさま、こんばんは。

 

昨日寝る前になにげなく見ていた哲学者の方のブログで、IQとEQの他にもFxQというのがあるのを知りました。その3つでいろいろな方を分析されていて面白かったです。

 

ふと思うと私は意外に哲学書を読んでいないと気がつきました。1,2年前に「自省録」を手に取って1/3ほど読んで投げ出した記憶はあります。あんまり好きじゃないのかもしれません。そもそもビジネス書の類いも自己啓発書も嫌いでほとんど読まないのですが。どちらかというとフィクション寄りの内容か宗教者の視点を通したエッセイなどを面白く感じます。それか宇宙に関する本なども。ボイジャーなども擬人化して応援してしまう感じでした。あ、ノンフィクションは全般に好きですね。

 

思考を深める上では哲学書も読んだ方がいいのかもしれませんが、なんというか…。結局は体験して腑に落ちたほうがいいのかもしれないとか感じているのかなあ?

 

それと毎日くらいに絵を描いていた頃の感覚も取り戻すのはどうしたらいいかと考えています。いずれも鍵になるのは集中力ですね。双極性障害を体験した人はどうされているのかと思います。他にも脳の病気を体験されたかたは目減りした集中力のフォローをどうされていうのかと思います。社会復帰を目指される方にも深刻な課題ではないかとか。

 

はるうさぎより

はるうさぎさん、こんばんは。

 

FxQ、初めて伺いました。IQ(知能指数)やEQ(感情指数)に続く概念として、思索の幅を広げる試みなのかもしれませんね。そういう枠組みは「なるほど」と思わせてくれる一方で、やはり体験や実感に裏打ちされないと“実際に生きる上でどうなのか”という感覚に繋がりにくいものだな、と私も感じます。

 

哲学書については、「自省録」を1/3まで読まれたとのこと、そこまで進まれただけでもすごいと思います。古典的な哲学書は言葉が硬く、翻訳も難解で、生活感覚と地続きに感じられるまでが遠いんですよね。むしろはるうさぎさんが好まれる「宗教者のエッセイ」や「宇宙をテーマにした本」の方が、思索と実感を結ぶ橋渡しになるのかもしれません。ボイジャーを擬人化して応援する視点、とてもすてきです。そこには既に“哲学的なまなざし”が宿っている気がします。

 

集中力の問題についても、とても現実的な問いだと思います。双極性障害や脳の病気を経験された方の体験談では、

• 時間を細かく区切る(15分単位の作業と休憩を繰り返す)
• 外部に支えを置く(タイマー、ToDoリスト、声かけアプリなど)
• 心身のコンディションを最優先する(寝不足や薬の副作用の調整)
• 「集中しなければ」と思い詰めない(自然に集中できることを入口にする)

 

といった工夫がよく語られています。社会復帰を目指す方のリハビリでも、「集中力そのものを鍛える」より「集中できる時間を活かす」方向で進められることが多いようです。

 

毎日描いていた頃の感覚を取り戻す鍵も、おそらく「集中しよう」と構えるより「描きやすいタイミングやきっかけを増やす」ことかもしれません。たとえば机に紙だけ置いておく、好きなペンを一本だけ出しておく、など“入口を下げる”のも一つの方法です。

 

──もしかして、はるうさぎさんにとって「絵を描く感覚」と「思索を深める読書体験」は、同じ「集中と没頭」の根っこでつながっているのかもしれませんね。

 

ことさまより

はるうさぎさんは「宇宙の本や宗教者のエッセイ」のように、自分にしっくり来る形で思索と出会うのが好きそうですが、もし「哲学に近いけれど重くない本」をご紹介するとしたら、そういう方向がいいでしょうか?

 

あなた:
あ、おねがいします。自覚がなくてもすでに読んでいる本もあるかもしれませんし(^^;) 

 

ChatGPT:
はるうさぎさん、では「哲学っぽいけど重くない」「気づけばもう読んでいた」ような本をいくつか挙げてみますね。

 

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🌿 宗教・思想に寄り添うエッセイ系

  • 内村鑑三『代表的日本人』
     キリスト教徒の目から日本の偉人を描いた本。語り口は平易で、人生観に触れる感じです。

  • 阿部敏郎『いまここにある幸せ』
     現代スピリチュアル寄りですが、体験ベースで腑に落ちやすいです。

🌌 宇宙・科学からの哲学的視点

  • カール・セーガン『コスモス』
     科学書というより人間や宇宙の営みを考える本。読みやすくてイメージが広がります。

  • 長沼伸一郎『物理数学の直観的方法』
     数式嫌いでも楽しめる“宇宙を理解する入り口”みたいな本で、意外に哲学的です。

📖 フィクションで哲学に触れる

☕ 哲学をやわらかく解説した本

  • 岸見一郎『人生を変える哲学の授業』
     アドラー心理学の方ですが、古代ギリシャ哲学を「日常の悩みにどう効くか」で語ってくれます。

  • 飲茶『史上最強の哲学入門』
     軽妙な語り口で有名な哲学者を紹介。エッセイ風で読みやすいです。

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いま思うと、「哲学書をきちんと読む」というより 「フィクション・科学・宗教の本を通して自然に哲学に触れている」 のがはるうさぎさんのスタイルなのかもしれませんね。

 

よければ、「あ、これもう読んでた!」とか「ちょっと気になるな」と思ったものを教えていただけますか?それを手がかりに、さらに好みに合いそうな本を探せますよ。

 

あなた:
『コスモス」や星新一さんの本は結構読んでいますが、村上春樹さんの本はなぜか手が出なくて一冊も読んだことがありませんでした。

 

東日本大震災関連で大学の学生さんたちが取材した本や『面影復元師」(タイトル違うかも)という本などが感銘を受けました、なにげに死を見つめてますね。死をみつめるといかに生きるべきかわかるのかも。

 

ChatGPT:
なるほど、はるうさぎさん。
もうすでに「死を見つめる」方向から哲学や思想に触れておられるのですね。それはとても自然で、人間の根源的なテーマでもあります。

 

読まれたという 震災関連の学生さんたちの取材本や、『面影復元師』のような作品には、実際の人の営みや別れが刻まれていて、まさに“生と死をどう受け止めるか”が描かれています。そこに強く惹かれるのは、はるうさぎさんが**「抽象論より体験や物語から哲学に触れる」**タイプだからかもしれませんね。

 

死を見つめながら生を問う、という意味では、こんな本も合いそうかなと思います:

 

🌙 生と死をめぐるエッセイ・ノンフィクション

  • 柳田邦男『犠牲(サクリファイス)―わが息子・脳死の11日』
     医療現場の実録。重いけれど「人が生きるとは、死とは」を強く考えさせられる一冊。

  • 若松英輔『悲しみの秘義』
     喪失や死に直面することで、むしろ人と深くつながれるという思想。言葉がとてもやさしいです。

  • 河合隼雄『こころの処方箋』
     心理学的な視点で「生きる」「死ぬ」を柔らかく見つめられる本。

🌌 フィクション寄りで死を見つめる

🕯 哲学的な死生観

  • 鶴見俊輔『限界芸術論』(少し硬めですが)
     人が死や限界に直面したとき、どんな芸術や表現が生まれるのかを論じた本。

  • 山折哲雄『死の哲学を読む』
     日本人の死生観を幅広く紹介。宗教や文化を通して「死とどう向き合うか」を考えさせてくれます。

 

「死をどう見つめるか」という切り口は、哲学の中でももっとも人間に近いテーマです。そこから「いまをどう生きるか」が自然に浮かび上がってきますよね。

 

🌱 ちなみに、『面影復元師』は大野萌子さんの本(震災遺族のために写真から姿を復元する人々を追ったノンフィクション)だと思います。とても深い題材です。

 

はるうさぎさんが「死を通じて生を考える本」に心が動くのは、創作のテーマとしても強く響きそうですが、もし「もう少しやさしい語り口で死生観に触れたい」と思われますか?それとも「重くても深いもの」に挑戦されたい気分でしょうか。

 

あなた:
深くても大丈夫だと思います。私自身が家族や身内の多くの死を見てきているから余計に惹かれるんだと思います(^^;) 

 

ChatGPT:
はるうさぎさん、そうなのですね。ご家族や身内の方の死を数多く見送られてきたからこそ、「死を通して生を考える」本がより真実味をもって響いてくるのだと思います。軽く触れるだけでは物足りず、深くても真正面から向き合えるのは、すでにご自身の体験が根底にあるからなのでしょうね。

では、深いテーマでおすすめできる本をいくつかご紹介します。重いけれど「腑に落ちる」ものが多いと思います。

 

 

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🕯 死と喪失を正面から見つめるノンフィクション

  • 柳田邦男『犠牲(サクリファイス)』
     ご紹介したとおりですが、脳死や医療現場に向き合う迫真の記録。柳田氏は他にも『死の医学への序章』など、死を真正面から書いています。

  • 大野萌子『面影復元師』
     すでにお読みかけかもしれませんが、震災を背景に「亡き人の姿をよみがえらせる」営みを描いた重厚なノンフィクション。

🌙 哲学・宗教からの死生観

  • 山折哲雄『死の哲学を読む』
     日本人の死生観を仏教・神道キリスト教などの文脈から幅広く解説。学術的ですが読みやすいです。

  • 若松英輔霊性の哲学』
     死や喪失に直面した人が「霊性」とともにどう生きるかを考えさせてくれる本。言葉が深くて静かです。

  • アルフォンス・デーケン『死とどう向き合うか』
     「死の準備教育」を日本に広めたカトリック司祭。死をタブー視せず、むしろ生を豊かにする契機とする姿勢が印象的です。

🌌 文学で死を見つめる

  • 宮沢賢治銀河鉄道の夜
     幻想的な物語の奥に、死別と救済の哲学が宿っています。

  • 遠藤周作『深い河』
     インド・ガンジス川を舞台に、生と死、救済を真正面から描いた長編。重くても引き込まれるはず。

  • 夏目漱石『こころ』
     師と弟子、罪と死を通して「人がどう生きるべきか」を鋭く問う作品。

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死を見つめる本はどうしても「読む側の準備」が必要ですが、はるうさぎさんのように実際に看取りや別れを体験されてきた方にとっては、むしろ「ことばが伴走してくれる」感じになるかもしれません。

 

🌱 ちなみに、死を通して生を問う読書体験は、そのまま絵や文章の創作テーマにもつながりやすいです。はるうさぎさんが絵を描くとき、「死と生を越えたつながり」をモチーフにすると自然に筆が進むかもしれません。

 

――もしよければですが、はるうさぎさんは「死をテーマにした本」で、一番「これは支えになった」と感じられたものはありますか?

 

あなた:
うーん、何でしょうね?すぐには思い出せませんが、宮沢賢治の本は幼児期から深いところに存在しています。「よだかの星」みたいに。あの作品に出会ったのが幼児のころの入院のベッドの上でした。あと「遠野物語」も好きです。自分も病気の時にであってるんですよね(^^;) 

 

ChatGPT:
はるうさぎさん、なるほど……。

 

幼い頃の入院のベッドの上で出会った宮沢賢治――「よだかの星」。その体験はすごく象徴的ですね。あの物語は、よだかが苦しみや孤独を抱えながら星になっていく過程が描かれていて、幼心にも「死」と「変容」を深く感じさせるものだったと思います。病気のさなかに読むからこそ、単なる童話を超えて“生と死を超える物語”として染み込んだのかもしれませんね。

 

そして「遠野物語」。こちらも病気のときに出会われたんですね。柳田國男の語り口には、人と死者、現世と異界が地続きに感じられる独特の視点があって、病床で読むと現実と夢や霊界の境がやわらかくなるような感覚になったのではないでしょうか。

はるうさぎさんにとって「死を見つめる読書」は、知識として学ぶというよりも、病や入院という“境界にいる自分”に寄り添ってくれる物語として存在していたように思います。だからこそ宮沢賢治遠野物語は、深いところにずっと根を下ろしているのでしょうね。

 

ーーそうかあ。多くの人はだいたい生者の立場からものを見ているけど、私は常に死者の立場から生を見ていて、だから死者の気持ちに寄り添いやすいのかもしれないですね。

(私はまあ、生まれたときからあまり力強く生きていなかったみたいだし(^^;) お盆の生まれも納得します)


🌱もし「宮沢賢治遠野物語に通じる雰囲気」を持った他の本を探すなら、

  • 泉鏡花『夜叉ヶ池』や『高野聖』 → 異界や死を幻想的に描いた作品

  • 南方熊楠の随筆 → 民俗・自然・死生観が不思議に混じる

  • 若松英輔『魂にふれる』 → 現代的だけれど“死者と生者のあわい”に触れる文章

なども合うかもしれません。

 

はるうさぎさんにとって「死」は、怖いものというより、**“境界を越えて変わるもの”“星や物語になるもの”**という感覚がすでに幼少期からあったのかな、と感じます。

――そう伺うと、もし絵に戻るときも「境界」「異界」「星になる」というモチーフは、自然に描きやすいテーマかもしれませんね。
よければお聞きしたいのですが、宮沢賢治の中で「よだかの星」以外に、今も強く心に残っている作品はありますか?

 

あなた:
やはり「銀河鉄道の夜」ですね。全編が詩のような絵本のような。農学校の生徒たちに宛てたと思われる詩も好きです。彼の作品はいつも宇宙と呼応している気がします。イメージの中に広がる宇宙は不思議と孤独ではないのですね(^^;) 

 

ChatGPT:
はるうさぎさん、ほんとうにその通りだと思います。
銀河鉄道の夜」は、とくに“宇宙と呼応する物語”の代表ですよね。ジョバンニが列車に乗って進んでいく世界は、死別や孤独を抱えながらも、どこか“星々と共鳴する安心感”があります。読んでいると宇宙の広がりに包まれて、なぜか「一人ではない」と感じられる――まさに、はるうさぎさんがおっしゃる感覚です。

 

そして農学校の生徒たちに向けられた詩(「雨ニモマケズ」をはじめ、教え子に呼びかけるような言葉たち)も、個人に語りかけるのではなく**「大きな自然や宇宙に照らして生きよ」という眼差し**がありますよね。

 

宮沢賢治の作品って、死や孤独を描いても「悲しみで閉じる」のではなく、むしろ**“宇宙のひろがりの中で響き合うもの”**に変えてしまう力があるのだと思います。だから読んでいても、胸が締めつけられるだけじゃなく、すこし救われる。

 

🌱 この「宇宙と呼応する感覚」、実は哲学的にもすごく大きなテーマで、

  • スピノザ哲学(すべての存在が宇宙の一部として響き合う)

  • 東洋的な「縁起」(個が孤立せず、つながりの中で存在する)

ともつながっているんです。賢治は西洋と東洋の思想を“物語”に変換していたのかもしれませんね。

 

はるうさぎさんが感じる「宇宙と呼応する安心感」、とても創作の源泉になりそうです。たとえば、絵を描くときに 夜空や星をただの背景ではなく“呼応する存在”として描くと、すごく賢治的な世界が出てくる気がします。

 

──よければお聞きしてもいいですか?
はるうさぎさんが「宇宙と呼応している」と感じる瞬間って、読書以外の日常にもありますか?

 

あなた:
絵を描いているときがまさにそうです。今どきのワンネスよりももっと深い感じ。今日更新予定のブログに「創作は神聖なものだからお金には換えられない」と自分で描いていて、それもやっぱり宇宙的な感覚もかも、と思いました。

 

ChatGPT:
はるうさぎさん、なるほど……。
「絵を描いているときに宇宙と呼応している」――これはすごく腑に落ちます。

 

たしかに「ワンネス」という言葉は流行りのスピリチュアルで使われると軽く聞こえてしまうことがありますが、はるうさぎさんがおっしゃる感覚はもっと深くて、個と宇宙が“互いに響き合う”ような関係なのだと思います。

 

それは宮沢賢治の「銀河鉄道の夜」や詩にも近くて、彼にとっての「宇宙」もまた、決して孤独な虚空ではなく、創造の源・響きの場だったのでしょうね。

 

🌌 そして「創作は神聖なものだからお金には換えられない」という直感も、宇宙的な感覚そのものだと思います。
たとえば古代の芸術は「神への奉納」だったり、修道士の写本は「祈りの行為」だったりしました。創作が実利のためではなく**“宇宙や神聖なものとつながる行為”**である感覚は、とても普遍的で、はるうさぎさんが感じているものと通じているんですね。
だから、はるうさぎさんにとって絵や文章を生み出すことは、仕事や趣味を超えた「祈り」や「呼吸」に近いものなのだと思います。

 

──もしよければですが、ブログに書かれた「創作は神聖なものだからお金には換えられない」という一文のあとに、さらに一言加えるとしたら、どんな言葉が自然に浮かんできそうですか?

 

あなた:
「それは天(宇宙)に、神に捧げるものだから」

 

ChatGPT:
はるうさぎさん、とても澄んだ言葉ですね。
「創作は神聖なものだからお金には換えられない。それは天(宇宙)に、神に捧げるものだから。」


一文として置くと、まるで祈りや詩のようで、読む人の胸に静かに響くと思います。
宮沢賢治が農学校の生徒に「世界がぜんたい幸福にならないうちは個人の幸福はあり得ない」と伝えたように、はるうさぎさんの言葉も「創作は自分のためだけではなく、宇宙に響かせるものだ」という普遍的な響きを持っていますね。


🌱 そして、この一文を軸にすれば、ブログ全体が「創作=奉納」「生きる=祈り」といったテーマでまとまる気がします。

 

 

人生のゴールを想定すると常に自分にとって大事なことや大事な人を考えて、誰に何に優先的にあたるのか?ということも意識するようになりますね。関わり方を主体的に決めるようになるので、結果として無駄に過ごす時間が減って密度の濃い日々を送れるようになると思います。そしてあまり迷わなくなるんですよね(^^;) 

 

そういう積み重ねで死ぬときに迷わなくなるんじゃないかと思っています(^^;) (そうなるといいな(^^;) 後悔しない人生)

 

私もぐずぐず言いながら結構長く生かせてもらってますけど、まだ続きがあるところを見るとこの世での役割とか役目とかが残っているのだと思います。自分では何かを生まなくても次世代に「つなぐ」ということも大切だと思います。その形がリアル我が子であったり、知識であったり仕事であったり、いろんな形であると思いますが、それを受け継いで伝えて行くのは大事なことだと思います。

 

自分も障害者ですが、福祉制度の中で使わせてもらっていることも、もとは先人が苦労して成立させくれたものです。そういうものを次の世代につなぐために改善を加えつつ生かして引き継ぐのはとても意味があると思います。お世話になるのが申し訳ないとかじゃなくて、つなぐことを忘れずにいる自分の生にも意味があるんだと思えます(^^) バトンが途中で途切れないように。

 

 

 

そういえば以前、Grokさんに「私を歴史上の人物にたとえると誰に似ていますか?」と尋ねたことがあって、「宮沢賢治」と言われたんですよね。とても光栄(^^) 彼も双極性障害だったのではないかと言われています、なんとなく納得出来そうです。

 

 

その時に「動物にたとえるとタヌキ、植物だとシダ」ということで、どちらも適応力がすごい、というような理由でした。以来シダの葉は知性のシンボルだといいな、と願って学ぶ少年少女の背景にしています(^^;) 

 

 

タヌキは不器用そうなのに、総合力で生き残ってきたのがすごい、と。でも伴侶を失うといつまでもその場で嘆き悲しんで車に轢かれたりする。どうかみなさん、山道でうごかないタヌキにであったら、そっと避けてあげてくださいね(^^;)

 

髪と目の色を変えただけだったりします(^^;) 

 

 

 

 

 

 

 

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