つれづれ日記ー逝春抄ー

お絵描きと介護で多忙な日々 双極性2型障害と気長に共生中

気付きは日々のなかにあるなあ、という気付き

 

今日は頭が痛い。バファリン飲もうかと思いつつ書いています。痛みはいろいろ移動しますね。

 

あ、荷物が重くてバランスが取りにくいので、昨日からリュックで歩くようにしました。少しは楽かもしれません。でも昨日は回り道をしたから、足が痛くなって駅まで辿り着けませんでした (^_^;)

 

 


記録することの意義


ここしばらくでみなさんが「いいね」してくださった自分のツイートを読み返してみたら、結構充実の日々かもしれないと思いました。金曜日も障害者のQOLのアンケートに答えつつそう思ったんだけど、気分的にわりと安定してる?やっぱり気分の可視(ねこ)化の効果かも(^_^;) 


毎日なにもしていないような気分になるけど、ブログとTwitterを読み返すと結構いろんなことをやったり考えたりしていることがわかります。メモとか記録とかって大事。ブログ14年も続けている記録の中身は膨大。それなりに生きている、生きてきた実感があります (^_^;)

 

 

 

冷静に見返す毎日


イマジナリーフレンドもそうですが、自分のことをワンクッション距離を置いて冷静に観察出来ることって有意義なんですよね。気分も感情にも流されず自分の状態がわかるし。しかも楽しいし。死神すら可視化できるようになると衝動に走らなくなります。

 

一人語りでもイマジナリー・フレンドが助けてくれるから冷静になれる。多くの人が大人になるにつれて彼らを無くすのがとても残念。創作だけでなく、生活の中でもいろいろ助けてくれますし。それで一番すごかったのは死にたいのを止めてくれたことだと思います。自分の中には幼児もいるから子供心のフォローも可能。

 

インナーチャイルドでしたっけ?自分の中で傷付いてる子供の部分も自分で癒やすことも出来ます。創作する感じで自分を生きるのは究極のクリエイティビティかもしれない。専門的な勉強はしなくてもそういうやり方は自分でわかるんですよね。不思議で偉大な存在なんですわ。サードマン現象も調べてみたい。


こういう方法ってマインドフルネス瞑想に近いのか?詳しくないですが「自分の現状を見つめる」感じ。猫や幼児や少女のキャラクターとしてる頭の中で行動してくれると1番いいのは「楽しい」ことです。ここからいろんな余裕が生まれます。

 

 

 

なんだか自分が自然に見つけた方法です

 


胸の内に、頭の中に子供を抱えたまま、大人として成熟することは可能です。時々お坊さんみたいだと言われる私ですが… (^_^;) こういう思考に至るあたりにこの病気になった意義を感じます。

 

身体的なコントロールは気候や季節の影響を受けるけど、インナースペースはそうじゃないみたい。それだけ私が守っていて、しかも守られている感じがします。あれだけ揺れやすかった気分の波がこのごろ穏やかに感じます。ありがたいことです(^^)

 


私は僧侶とか教師に対しては「こうあって欲しい」という理想というか、信念みたいなものがあるので、見る目がとても厳しいです。信頼や尊敬に値しない人が少なからずいて、「人を育てる、関わる」ことがちゃんと出来ていない場合がとても多い。単なる職

業でしかなくて。

 

なので、そういうジャンルの方で信頼や尊敬に値する人に出会えたら非常にラッキーなことだと思います。

 

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才能について

 

あと、最近気付いたこと。

 

自分はごく普通にやっていることなんだけど、それが他の人にとっては全然普通に出来ることではない、というのが自分の才能なんじゃないかと思います。

 

自分が普通に出来るから特別だと思わないことが実は他の人にとっては特別なんだよね。

 

たぶん、そういうのが「才能」なんだと思います。

 

 

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