つれづれ日記ー逝春抄ー

お絵描きと介護で多忙な日々 双極性2型障害と気長に共生中

 

家族のアルコール依存症体験記

 

予定はあくまで未定である


昨日、弟が整形外科について来て欲しいと言ったから、ヘルパーさんにお休みしてもらったのに、時間になっても降りてこないので様子を見に行ったら、「気分が悪いから今日はやめて別の日にする」と言われました (ーー;) 大抵そういうことになるのが多いのはわかってるんですが… (*-д-)-з 同じ調子でクリニックにも行けないこともあるので…。まあ、一応ご飯食べただけマシかなあ…。

 

よく、アルコール依存症はほおっておけ、とか手を離した方がいいとか言われますが、あれは違うね。本当にいままでずっと見てきたからわかるけど、弟のように他の病気も併発している場合、仮に私が見捨てたら、そのまま、なにも出来ずに自滅して死に至る可能性が高いです。

 

いろいろあったし、ガラスを割ったりしたこともあったけど、幸い家族や他人に暴力をふるうようなことはなかったし、離脱時の複雑性癲癇とかがあるのが難儀ですが、まだ気をつけようがあると思います。狭い廊下ですれ違った瞬間に「あ!お酒のんでるやろ?!」と匂いでわかることもあるし。そこで指摘することで、ちょっとしたブレーキがかけられるのです。

 

24時間飲みっ放しとかで、暴力をふるったりしたらまた変わってくるかもしれませんが、そこに至るまでになんとかなると思いますし…。

 

 

 

捜索願を出す寸前に…

 

忘れもしません。父が亡くなった翌月、2009年の11月ですね。

 

主治医の先生の指導で、アルコールを抜くために、アルコールのかわりになるセルシンという薬を使って、徐々に減らすことをしている最中でした。小雨が降っているのに、弟がいなくなりまして。待っても帰ってきません。ちょうど伯父が自転車で行きそうなところ(ホームセンターとか)を捜してくれたんですが、手がかりなし。

 

悩んで警察に電話したら、「そういうケースでしたら早めに捜索願いを出した方がいいかもしれませんね。全国対象ですしね」と言われました。私思わず、仏壇に向かって「パパ!お願い!捜して!」と叫んでしまいました。

 

そのままタクシーに飛び乗って、私は警察署に行ったことがないので、運転手さん任せでしたが、その道の途中、これは自分でも驚いたんですが、なんでこんなところに?という道を弟が歩いているのを後ろ姿で見つけました。

 

「止めてください!」「危ない危ない!道の真ん中(汗)」運転手さん焦る。…捉まえました。濡れてるし、靴は片方ないし(裸足)ぼーっとしてるし。

 

「すみません。Uターンして自宅までお願いします」「見つかったんですか?よかったですね」運転手さんびっくり顔でした。で、家まで連れて帰ってもらって、すぐにまた仏壇に向かって「パパ!ありがとう!!」と叫んで大泣きしました。

 

父もまだ肉体を離れてあんまり経ってなかったから、なんとかしようと手伝ってくれたんだと思います。

 

そこからあとがアルコールが抜けていく時の幻覚ですね。そこいらじゅうに虫が這っているという…。トイレに入って何時間も出てこない。「いいかげんに換わって」と行くと、「虫がこんなにいっぱいいる」と下着の模様に気を取られてるんですね。これかあ…と思いました。

 

時間が経たないと抜けないから仕様がない。無理やり引っ張ってきて母の隣に寝かしました。母もまだ元気な時でしたしね。

 

幻覚が消えて、その後まる2年。弟は一滴もお酒を飲みませんでした。

 

 


生涯断酒が必要なんだわ


…でもまたいつのまにか戻ってしまうんです。2015年、3年前ですが、階下のリフォームが済んで、フローリングに新しいラグを敷いたところ、「飲み過ぎて動けん」とか言って入って来て、私思わずほっぺた叩いたのを覚えてます。そのラグに横になるのはいいけど、ふと見たら鼻血が出ていてラグが血だらけになっていました。

 

階段から落ちると困るので、そのまま寝てろと。非常に情けない気分としか言いようがありませんでした。複雑性癲癇の時は身体は動けるんですね。で、本人に言わせると夢の中で動いてるような感じらしいです。夢みたいだから知らない道を歩いていても不安とかないし。(まったく意識がなくなることもあります。救急車呼んでいたけど、癲癇だとわかる時は慌てて呼ばないようにしよう)

 

これとは別の時に、夜にまたいなくなって、全然知らない人のお宅に「泊めてください」と言って警察を呼ばれ(そら呼ぶよね)おまわりさんに送られて帰ってきたこともありました。どこのかわからないスーパーのカゴを持ってました。そのカゴ、どこのかわからなくて返してません。ごめんなさい。


そんな感じなので、なんの因果かわかりませんが、どうも私も心配性なんで、追い出すとかいうことも出来なくて、それとなくの見張りと世話係になっています。これも運命かなあ…。両親の他に弟の世話までするはめになるとは思いませんでした… (*-д-)-з

 

 

 

でもなあ…。もう共倒れになるほどになった家族にそれでもそばにいろ、とは言い難いです。

 

アルコール依存も他の精神疾患と同様に入院して、そのときだけはやめていても、退院すれば戻ったりするし、ホントに誰かが見ていないとどんどん自滅する危険がある病気ですね。それでもって「生涯飲まない」かぎり完治がないんですね。

 

私はまだなんとか頑張れるから、見放したくないと思っています。やはりどこかに可哀想だという気持ちがあってね…。

 

はたして私は共依存の中にいるのでしょうか?母のこともありますが、誰か完璧にやってくれる人が存在するなら、いつでも手を離したいと思っています。でもいないんだよね。まして病院は学べるし、リズムを作れるところではありますが、あくまでも一時的なものだとすると…。

 

家族にしか出来ないこともあるし、施設や病院にしか出来ないこともある。どっちがいいのかはわかりません。私は両親の介護でそれをかなり詳しく知ってしまったので、どちらにも完璧さを求められないことを知っています。

 

…でも、まだ私は倒れたわけじゃないし、特にひどい体調でもありません。(生まれつきのものと双極性障害は別ですけどね (^_^;)

 

甥と姪は離れているから、こういう深刻なことは知りません。私があの世までずっと持って行けばいいのよ。とにかくこういう因縁めいたものは私が断ち切る覚悟をしています。

 

なんだかなあ…。幼児期にすでに独身でいる覚悟を決めてたのはどこかで予想していたのかもしれません。初代運なのに終わらせる役目を背負ってしまった。まあ、それもそういう運命だったんでしょう。後悔してないから、それでいいや (^_^;) 家族のためにも私は死ねないんです。

 

 

 

 

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