昨日は寝てばかりでしたが、今日は可能ならクリニックに行こうと思っていて、予約投稿しておきますね。
Twitterのおかげで、クリアに見えたものもあるので… (^_^;)
愛情から生まれる贈り物(お金はかかりません)
このごろ、よく眼にするんですが、子供の頃に親に虐待されて、それゆえにいつまでも自信が持てないケースとか、本来はとても才能がある人でもそういう罠に陥っているのを見かけることが多くて、非常に勿体ない思いをすることが多いです。
親が子供に贈れる最高のプレゼントは学歴とかそんなものじゃなくて自己肯定感だと思う。少なくても本気で我が子の幸せを願うなら、しっかりと欠点も長所もすべて含めて「あなたは唯一無二の大切な存在」ということをしっかり伝えてください。これは生涯の宝になりますから。
— 藤本恭子/双極性2型障害と共生中 (@haruusagi_kyo) 2017年7月17日
これは本当に私の実感です。
自分のお腹を痛めた子供を虐待するとか愛せないとかいう人たちの心理がよくわからないんですが、きっとその人たちも幸せではないんだろうな、とは容易に想像出来ます。自分が幸せじゃないのに、子供だけが幸せなのは許せない、とか?
子供こそいい迷惑ですけど… (-_-メ)
私の両親は私の選択に口を挟まない人たちでした。選択は尊重してくれて、うしろからそーっと必要な時だけ応援、もしくは援護射撃をしてくれました。
「大丈夫。あんたなら出来るよ」と母はいつも言ってくれました。目茶苦茶根拠がない応援でしたが、不思議とそれが自信になって、上手くいくことも少なくなかったのですね。
今現在、私の自己肯定感が高いのもああいうことのおかげだと思っています (^_^;)
子供のすべてを認めて受け入れて、愛する、というごくシンプルなことが難しい大人が親になっていたりするんですね。全然難しいことではないのにね。だからそういう人はやっぱり自分のことも好きじゃないんじゃないかと思いました。
可能性を断ちきる権利もありません
一撃必殺!急にマンガ家だの声優だの絵師だのになりたいと言い出した子どもや大人を止める、オススメの方法
これも話題になっていた記事ですが、なんで諦めさせるのかなあ?? ダメ元でやらせてみればいいじゃんか。若いうちは何度でもやりなおしが可能だし。不完全燃焼したものはあとあといつまでも燻るよ?
やらずに諦めた後悔はいつまでも残るけど、自分でやると決めて駄目だったとしても、それはむしろすっきりして後悔にはならない、というのもわりと真理ですしね。だからやらずに後悔するよりもやってみて後悔(まずないですが)を選びたいなあ、と思います。やり直しは可能ですし。まして若ければ。
— 藤本恭子/双極性2型障害と共生中 (@haruusagi_kyo) 2017年7月17日
人間って成功したことばかり評価したがるけど、実は成功しなかったことからもすごく多くのことを学んでますよね。危機回避方法なんか最たるものかもしれません。いろんな失敗を「いい経験」だと思うと、確実に得たものはあると思いますし。それをのちに活かせばいいんだし…。どんな経験も貴重ですね。
— 藤本恭子/双極性2型障害と共生中 (@haruusagi_kyo) 2017年7月17日
私も多くのことをやってみて「あ、これは駄目だな」と気付いたことはあっさりさっぱり捨てることが出来ました (^_^;) …こういうのって全部自分の経験に基づいてるからアレだけど… (^_^;)
こういう場合にも自己肯定感が強いと親も子も迷わないし、行動に移してみてから考えるのですね。
前に私が、小説家にしろ、漫画家にしろ、プロになる人は100%早い段階でわかる、と言っていましたが、その判断にも関係すると思っています。いや、ほとんどわかりますが、私はなにも言わないようにしています。黙っていてもおのずとそうなっていく人が存在するから、それはやはりご本人の意思と資質かなあ、と思います。
やるまえから諦める、とかそういうことじゃなくて、とにかくチャレンジしてみることが大事なんですよね。仮に駄目だったとしても失敗を「いい経験だった」と呑み込めるのも大事なことで、失敗からも人はたくさんのことを学ぶことが出来ます。
面白いんですが、自己肯定感が高いと失敗してもめげないし懲りないです。改善して再チャレンジ、もしくは次の機会に生かせればいいと思っているから…。…って、これ、まんま、私のことやんか (ーー;) 失敗にめげている暇に次の手を探せます。
両親がくれた大切なもの
私が両親からもらった一番大切なものはこれだと感じています。だからその気持ちは自然と介護に流れて行ったし…。学歴とか、突出した才能とか、そういうものはないんですよね。でも基本的にどういう逆境にいてもなんとなく幸せだと思えるのは、この自己肯定感のおかげだと思います。
これが低くて悩んでいる人の多さを考えると、申し訳ないくらいのものを私はもらっています。そのかわり学歴も体力もないし、障害者だけどね。それでも「悪くない」と思えるのは本当にありがたいことだと思います。
これは近しい世代の人に、自分も含めて応援したくなったつぶやきです (^_^;)
人それぞれにハンデがあり、困難な環境があって、決して平坦ではなかった道のりを、半世紀以上生き延びてきたことに対し、それって結構すごいと今、自分で思っている。誇りに思っていいと思う。だってその大変さを一番よく知ってるのは自分自身なんだから…。
— 藤本恭子/双極性2型障害と共生中 (@haruusagi_kyo) 2017年7月17日
本当に…振り返るとすごいなあ、とささやかな自分の人生でも思えるもんね。決してたいしたことをしてきたわけじゃないけど、でも懸命だっただけに、その日々を振り返ると愛おしいと感じます。
私だからこそ、たぶん言ってもいいんだと思った次第… (^_^;)
自己肯定感を高める方法って、このへんを参考にしていただければいいのかなあ…?