私が安心して入院するために必要なこと
このところ、心身ともに調子が悪く、暇があれば寝てばかりいます。
だから「入院したい」と思うんですが、いままでに入院はしたことないけど、聞いた話では、精神科の入院は外部とは隔絶されてしまうし、どうかすると結構長期に渡るので(それが必要なんだと思うけど)それやっちゃうと家の中のことが本当に困る状況になってしまいますね。私でないとわからない、処理できないことがてんこ盛り(ーー;)
まだきっちり納品も出来てない仕事もあるし(仕事自体はほぼできているけど、返事がなかなか来ないのです)きっちりしっかりやらないと信用をなくすとか、お金に関わる問題だとか、そういうのばかりで、頭がわやわや…( ; ; )
来月にはまた特養のカンファレンスもあるしね。
★安心してすべて任せる人がいる …もしくは
★私がもう一人いる
★いっそ家族がいない
…でなければ、入院もままならないのです。精神科でなければまだマシだと思いますが、いま特に内科的、外科的に問題はありませんし…。無理ですね…。辛いな。
…でも、こういうこと書けているうちはまだ全然深刻なレベルじゃないんだよね、と思います(^_^;)
継続は「説得力になる」のかもね
このブログもまる12年続いていますが、12年というと干支がひとまわりしたわけですよね。結構長い…?あらゆるブログの平均寿命が3ヶ月とか言われている中ではうんと長いですよね。本人はなんとなく続いているだけのようにも思いますが。
まあ、特別に炎上もせず、多くのPVを稼ぐわけでもない日記ブログですが、長く続けているとなんとなくわかることがあります。それは「ブログ自体、もしくは記事自体の説得力が増す」ということですね。
すぐにやめてしまうと、どんなにいいことが書かれていても一過性の、もしくは単発の記事だっていうことで、長く目に止まることは少ないですね。
でも長く続けていると、ある記事で「なんらかの影響を受けました」と言ってくださる方が、実際にその後、どういうふうに変わっていかれるのとか、ずーっと継続して見られたりするんですよ。時としては一期一会よりも長い関わりも生まれたりして、「継続しているおかげ」と思えることが徐々に増えてきます。
これは本当に長く続けていかないと気づかないし、わからないことだと思いますが、なにごとにしても「継続は力なり」って本当だなあ、という実感が増えていきます。継続した人だけが味わえるご褒美みたいなものかな?(^_^;)
決して派手ではないし、数字にもお金にもならないけれど、目には見えなくても得られる宝ってやっぱりありますね。
ネットとリアルは乖離していない
これは他のすべての面でもあると思います。私の場合はお絵描きね。それと読書。数十年続けてきたお絵描きなんて、仕事になろうがなろうまいが「これが私そのもの」という感じになっているし、過去に出した同人誌とサイトとブログが私という人間の集大成みたいな気がします。
蔵書は、私が死んだから読みたい人に持って行ってもらってもいいけど…。文庫みたいにして寄贈もありかなあ…。
私の場合、リアルもネットもほとんど乖離していないです。むしろ内面的なものはネットの方がリアルに書いてると思いますし。
ネットが充実しているということはリアルも充実しているということですね。それだけ距離は近いです。だから他の人のリア充、って言われても全然ぴんと来ないですね。
こういう使い方をしている人は少ないのかもしれませんが…。でもそういう使い方ができることに個人的には感謝しています(^^)