熱がちょっと上がったので寝てました。
さすがに眠れないので、本を読んでいましたが。
「 ペコロスの母」シリーズの3冊目、「ペコロスの母の贈り物」です。
ゆういちさんのおかあさん、みつえさんは2014年の秋、
認知症→脳梗塞→最後は老衰で91歳で亡くなられました。
ゆういちさんのお父さん、つまりみつえさんのご主人のさとるさんは酒乱で
暴力を振るう人でしたが、晩年、お酒をやめてからは非常に穏やかな
好々爺になられたそうです。
そのご主人が亡くなられてから、みつえさんの認知症が発症します。
でも、みつえさんの心の中に存在するさとるさんは晩年の穏やかで優しい人なのですね。
どうやら認知症が取り戻す時間は一番良かった頃の記憶なのかもしれませんです。
グループホームで過ごすみつえさんと訪れる子供や孫達、みつえさんの身近な
人たちの中に、みつえさんとさとるさんが時を越えて訪れます。
私がどうしてこの連作にひどく心を惹かれるのか、それは私が感じている
「あの世とこの世の近さ」とここに描かれている「近さ」が同じものだから
ではないかと思います。
亡くなることは居なくなる事。
だから亡くなった父と母はもう居ない。なのに
気配がする。
居る気配がする。
この「気配」というやつ、私も父の気配はよく感じるからわかります。
とりわけ亡くなった直後には父の気配は濃厚でしたし、
行方不明になった弟を探す時や、母とふたりでめげそうになった時は
「ロウソクの燃え方を変化させる」という芸当で意志を伝えてくれました。
いまでも気配は残っています。
このごろは孫達を守ってやってね、と頼んでいるので、いろいろと忙しいと
思いますが… (^_^;) 母のところにも行ってるだろうし。
私には霊感というものはありませんが、この「気配」というやつには結構敏感です。
まあ、自律神経が過敏だしな (^_^;)
だから、岡野雄一さんが描かれる「気配」というのを実感として感じます。
この気配の存在ゆえに、みつえさんの
「生きとかんばぞ!
生きとけばどんげんでんなるとやけん!」
という口癖に、ゆういちさんと共に励まされるのでした。
人生の、生命の営みのひたぶるにただ愛しき…。