お互いさま おかげさま ありがとう

両親の介護も一段落 双極性2型障害と気長に共生中

そろそろお絵描きにかかれるといいな

今朝起きて見たら、狭い庭の真ん中に発泡スチロールの四角い大きな箱が置いてあってすごく邪魔 (-_-メ) 

実はこれは弟が通販で金魚を購入した時のもの。魚類は大きなビニール袋にたっぷりの水を入れて、そこにたっぷりの酸素を充填し、巨大な発泡スチロールの箱に収められて届くのね。この箱がいくつかたまってくるとすごい場所を取って邪魔 (-_-メ) 

もちろんそのままだと資源ゴミにも出せません。

で、ここはこのところの破壊願望解消にはちょうどいいんじゃないかということで、蹴ったり乗ったり破ったりして、おかげさまでかなりのストレス解消が出来ました (^_^;) あとの細かいゴミの片付けでまたイライラしたけど。自分も他の誰も傷つけるわけじゃないからいい方法かもしれない。

それからツイッターを見ていたら、昨夜開催されたらしい坂口恭平さんのトークライブのお客さんの声と、恭平さん自身のつぶやきが散見されて面白かったです (^_^;) 

坂口恭平さんは躁と鬱の切り替わりがかなりはっきりしたタイプらしい。大変といえば大変だけど、ご本人もまわりの人もタイミングを掴みやすかもしれないなあ、と思ったり…。…で、時折自分とも共通点を見つけると、ああ同じ病気なんだなあ、と思う。

もともと常識的なものに捕われにくい人間がなる病気なのか、時が経つにつれ、いっそうそういうものとは逸脱していくような気もするけど…。世間的に言われる「タブー」というものもあんまり意味を持たないんだよね。まず「死について語る、考える」というタブーがない。それだけ長い時間、自分がとても真剣に、それこそ命がけで向き合っていただけに、一般的な人よりもずっと真剣に考えている。時折その言葉がこぼれだす次第です。

あ、それといわゆる「世間体」とかそういうものも意味がないので、むしろそういう観念を嫌っています。はたから見てどうのこうのって考えたら生きていられませんし、考えること自体に意味がないし。

価値観も相当変化している自覚はあります。物欲がなくなったというのは以前から言っていますが。せめて手仕事でも出来ないかなあ…と思って、アイヌ刺繍の本を眺めていたのですが、眺めているうちに「これはとても無理」と悟りました (ーー;) 

細かさとか手間とか、そういうものではお絵描きと大差ないと思うんですが、やっぱり私の精神安定に必要な作業はお絵描きじゃないと駄目なんですね。読書とね。他のなにものとも替われない。

昨日は横になってラフを描いていたので、デッサンに納得したら、ぼちぼち作業にかかれるようになるかもしれません。きっとそれが自分自身にもまわりの人たちにも一番いいことなんだと思えるし…。

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