いいお天気ですが、気温も低めになっていますので、綿のカーディガンをアクリルのものに着替えて、ハイソックスを厚手のものに替えて、一応は真冬の服の体勢になりました。
まあね、去年までは冷暖房不備の自室でPC作業をしていたのに比べると、全然快適なエアコン環境にいるわけで、以前に比べるとかなり薄着になりましたが。厚着をすると余計に凝りもひどくなるから、かなり楽ですね。鍊
軽めの昨日に替わって、今日は3人ともしっかりとマッサージをしていただきました。鎖骨周辺がまた硬くなっていたようで、いまだに痛いくらいです(^^;)輦
PC作業はどうしても腕を前に持って行く姿勢が多いので、そういうおかしな場所に負担がかかっているようですね。腕の後ろもそうですし…。怜
「寝不足ですか?」と言われてしまった(ーー;) 背中でわかったようです。段差がひどかったのかもしれませんが…。そういえば昨夜は足先が冷たくて、やや寝つきが悪かったようですが。蓮
寝る前にこういう雑誌を読んでいて、いささか考え事をしていたような気がしますが…。
4年近く、しっかりと父の在宅介護が出来たおかげで、それまでになく父に近くなった事実があって、父がいなくなった現在でも、むしろ生前よりも父の存在を身近に感じている自分がいます。撚
昔は遺骨を身に付けることが必要かな?とか、漠然と考えていたくらいですが、今となってみると、遺骨は「抜け殻」という感じがするんですよね。不思議なものです。
お骨を拾う時にはまだまだ暖かさが残る綺麗なそれを見て、ものすごく口に入れたい衝動に駆られたくらいですが…(^^;)嶺
現在はそうだなあ…。父の魂のかなりの部分が私の魂と重なっている感覚があるんですよね。だから遺骨とか遺影とか、そういうふうに目に見えるものが仮に存在しなくても、すごい安心感があるというか、そういう実感が強いですね。烈
母はいまだに毎朝父の遺骨を抱きしめていますが、私はそれをしなくても身近な感じがあるのが面白いなあ、と思います。
生と死の場所は本当に重なりあっているようにしか思えないんですよね。その確信があることが嬉しいです。眼には見えずともわかる人にはわかるというか、ごく普通に感じられる世界なのかもしれません。烈
昨日はなんとかキャラクターの線画の完成にまで辿り着けましたので、これからは少しずつPhotoshopの作業に入れるかなあ、と思っております。
私にはたいした芸術的な才能なんてありませんが、少なくとも生まれてものごころついてから、ずっといままで自分を支えてくれるものがあるのは幸せですね。
だからそのことで成功しようとか、そういう欲はあんまりなくて、ただただ、死ぬまでずっと描き続けていたいなあ、と願うのみです。漣
そういうふうに感じられるものはやはり私にとっては「天職」と呼べるものなんだろうな、と思います。