お互いさま おかげさま ありがとう

両親の介護も一段落 双極性2型障害と気長に共生中

普通だと思ってたけどうちの家族ってユニーク??

 

「徳」には消費期限があるのだろうか?

 

どこで見たのか思い出せませんが、多分ネットでだろうなあ。

 

ある人の言葉に「50歳までは親やご先祖が積んでくれた徳があるが、50歳を過ぎたら自分自身の積んだ徳がものを言うようになる」というような言葉でした。

 

要するに50歳まではぼーっとしていても、親や先祖の徳のおかげで、上手くいったりするけれども、それも尽きるから50歳以降は自分のやってきたことが返ると思え、とでも解釈すればいいのかな?

 

いや、心して、自分自身のためにも他人にはよくしないといけないというか、自分自身が安らかな老後を迎えるためにも、心構えとして他人には親切にしましょう、と考えておけばいいかもね (^_^;)

 


いや、私の場合、高校時代、つまり学生であったころはずっと最悪な感じで過していましたが(おかげですっかり学校が嫌いになった)社会に出てみると、学生時代とは違って、世の中で出会う人は親切な人ばかりで、私は本当に人に関しては嫌な思いがほとんどないんですね。

 

そういうのがご先祖とか両親が積んでおいてくれた「徳」のおかげかもしれません (^_^;)

 

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型にはまらない人たち

 

うちの両親も昭和一桁生まれですが、あの時代にしては世間体とか因習とかに全然こだわらない人たちで、おかげで私みたいに型にはまらない人間でもうまくやってこれた感があります。

 

さらに母の親友のTさんあたりを見ていても同じものを感じるから、まさに「類は友を呼ぶ」の典型を見ているみたいです (^_^;)

 

母の実家関係もそうかな。みんな結構自由な感じ。やりたいことやってるし。

 

叔父なんか昭和40年代(だったと思う)に東欧で何年か仕事をしていて、それが一段落したところで叔母を呼び寄せて(子供がいなかったのを幸いに)二人でヨーロッパ一周して帰ってきたりしてましたし (^_^;)

 

うーん、なんだろう?ある種の「人たらし」みたいな? (^_^;) 母もそうでしたが、目上の人にも可愛がられるから、さらに仕事も勉強も出来るから、信頼されてその分自由にやらせてもらう、みたいなところがありました。他人に憎まれない人でしたねー。

 

「人たらし」にはいい意味と悪い意味がありますが、いい意味の方です。コミュニケーションスキルは高いです (^_^;)


そういう人たちの影響で、結構徳をもらってるけど、本当によかったと思うのはそういう人たちを見て育ってきたことかもしれません。いいお手本だったから。

 

そういえば父も母も人の悪口は言わなかったなあ。あまり裏表がなくて。そのくせ意外と騙されることも少ないです。非常にうまいセールストークにに乗っかって高い象牙の印鑑や英語の百科事典を買ったことくらいですかねー。(こういうのに一番懐疑的なのは私なので、それ以上の被害にはならない)まあ、印鑑はいまでも愛用してますが。

 

あ、それで家のなかでも家族のうちでも日常的に「おおきに」「ありがとう」が飛び交ってた (^_^;) あれもクセになると自然に出るもののようです。出し惜しみしても仕方がないし。

 

 

老後のためにも 子孫のためにも


50歳はとっくに過ぎたから、この先は自分の行動でちゃんとやっていかないといけませんが、相変わらずみなさん親切で非常にありがたいと思っています。

 

ブログとかSNSとか読ませていただいていると、いろいろ厳しい現実にぶつかっておられる方が少なくないですが、ああいうのは意外と自分の思考のクセを変えればましになったりするのかも、と思ったりします。

 

そういうふうに受け取らないほうが摩擦が少ないかも、と外野だからわかることもあります。基本的に口出ししないようにしてますが、そういう言動だとあとで好ましくないものが自分に返ってきちゃうよ、という反応をする人もいるんですよね。炎上狙いならそれでもいいですが…。

 

他人を変えるのは大変ですが、自分を変える方が容易いかも、とはよく言われますが。


うちの家族って、神経質で心配性なわりに結構能天気なところあるよなあ、と振り返っても思います (;゚∀゚)

 

どうしてもよく知る自分の家族をメインに考えてしまうので、そうじゃない家族のパターンっているのがあまりよく実感としてはわからなくて困ります (ーー;)

 

 

 

 

 

 


イラストは今日明日に完成して、サイトも更新出来ると思います。

 

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ほどほどに緩急のバランスをつけていけるといいな(^_^;)

 

梅雨入りしちゃった きついね


梅雨の関係か、疲労なのかはわかりませんが、やはり調子が悪いです。

 

昨日なんか、午前中からダウンしてしばらく寝てしまいました。10日くらい頭痛があって、ほぼ毎日バファリン飲んでます。マッサージの先生に足の指を触ってもらったら飛び上がるほど痛くて、そういう時は腰にも鈍痛があります。なんだか頭と腰って繋がってるんですよね〜。足の指まで繋がってますね(^_^;)

 

だからちょっと部屋の片付けは休んでいます。どのみち次の市営住宅の抽選日は来月18日ですし。部屋の片付けもほぼ終わりが見えてるからいいかなあ、と(^_^;)

 

だからちょっとお絵描きしている次第(^_^;)

 

キャラクターはできましたし、パーツもできたけど、背景は丸ごとまだですね。そんなに精密に書くつもりはないですが。でもそれなりには描きたいなあ、と。

 

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メインカラーは本当に私には珍しい色ですが、モデルの色があるので、まあ、自然にこうなりました(^_^;) デジタルでないと出しにくい色かもしれないなあ、と思います。鬼灯をそのままの色で以前に二、三度描いているので、今回は違う感じにしたくて。

 

ネットで見かけた透明なレジンでアクセサリーを作っておられる方がいらして、ああいうのもいいなあ、とちょっと参考にさせていただきました(^_^;)

 

 

 

 弱音を吐くのも大事なことですね


これ、含蓄があるから引用させていただきますね(^_^;)

 

 

 

 

 

 

私は、このブログなどのおかげで結構素直に弱音を吐けているんじゃないかと思います(^_^;) 別に人前で泣くのも平気だし。

 

もともと他人に対してカッコつけようとかいう気持ちがないんだな。そのうち自然に前向きになれる時が来ますから、それに任せてもいいと思うんだよね。


これは少しニュアンスが違いますが、でも本当だと思う。

 

 

 

負けじゃないと思えるようになるといいなあ、と思います。

 

 

 

 

 努力は表には見えない地味な作業の継続である

 

 

 

これって、なんらかの成果を上げている人が大抵やっているなあ、と思います。

 

羽生さんも小学生のときからずっとスケートノートを書き続けているというし、松岡修造さんも短い日記を毎日書いてるというし、記録して分析してもう一度やる、というのは本当に地味だけど大事なことなんだなあ、と思います。

 

継続することの底力みたいなものってあるんだなあ、と思います。

 

私のブログは基本的に日記ですが、読んでくださる人を想定した日記だから続くんですよね。そうじゃない閉じた日記は数日しか続かなかった経験があるので、継続には読者様の存在に本当に影響力を与えてもらっているんです。感謝にたえません(^_^;)

 

私の場合は特に何かになる、ということはないですが、できるだけ続けていきたいなあ、と思うので、どうぞ今後ともよろしくお願いいたします。

 

ああ、でも昔に比べるとあんまり泣き言言わなくなってる??(^_^;) ちょっとくらいはメンタルがタフになっているかもしれません(^_^;)

 

 

 

自然は脳にもいい影響があるらしい

 

まだちょっと集中力がないんですが、2年以上積ん読になっていた本を読み始めました。

 

 

NATURE FIX 自然が最高の脳をつくる―最新科学でわかった創造性と幸福感の高め方

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私も「恭子さんには田舎が向いてる」と言われるんですが、何しろ私は運転がね…(^_^;) 免許返上する高齢者よりも心もとないし、その問題が解決しないとダメだと思います。

 

実際に体調の改善を求めて、北海道に引っ越して、いい経過を辿っておられる方もいらっしゃるんですが…。

 

yumemana.com

 

友人のところも不便だろうけど、自然は羨ましい環境です。

 

tchibineko.hatenablog.com

 

なんとか車以外で生活がそこそこできて、なおかつ自然と共存可能なやり方はないだろうか??

 

 

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Twitterの散文的思考メモ

 

なかなか集中力が続きません。絵を描いているとそれだけでもいっぱいいっぱいだし。

 

ツイッターの投稿から散文的思考をメモってみますね。早朝に書いたものが結構多いですが、あの時間帯って割と頭の中がクリアになっているという気がします。

 

身体は横になったままで、タブレットで書いているメモ、という感じ(^_^;)

 

 

 

 

 比較しないほうが楽だよ

 

 


ブログにしてもSNSにしても、ついつい自分と他人を比較して不幸になってしまっている人があまりにも多くて「比較しない」ことってそんなに難しいのかなあ、と思わずため息が…(-_-;) モノの充実じゃなくて日々の生活の充実がキモなのかな?内面の充実が大事ですね。

 

学歴にこだわる人とかね。まだ若い場合はそうなりがちですが、私らの年齢で肉親の死などを経験してしまうと、人生観なんて無理なく変化してしまいます(ーー;)

 

人には滲み出る「品性」っていうのはありますよね。これは一朝一夕に身につくものではなくて、目に見えない努力や積み重ねた教養や温かい思いやりや、そういうものが長い間にその人のものとなって自然と滲み出すものだと思います。

 

品性が高い人って直接の知り合いでなくても、離れて見ていても嫌味を感じないんですね。

 

そういう人になれたらいいな、と願う(^_^;)

 

そういうものってテレビなどを通してもわかってしまうからすごいよね。多分、自分の思考ができて、自分の意見を保つことができる人だと思います。

 

そして、そういう人にしか心惹かれない最近の私(^_^;) 年齢も世代その他も問わずに尊敬できる人です。

 

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両親の死と死後の学びと

 

 

 

今までの人生で「人は魂の存在を信じると強くなれる」のと「あの世もあったほうが支えになるな」と痛感したので個人的にそれを信じることにしました。宗教とは別次元です。

 

でもそういうのが生きる支えにあってもいいと思っています(^_^;) これってなんだろうね?哲学とも微妙に違う感じ。

 

これは闘病にも役立っています。とりわけ希死念慮との駆け引きに強力な実力を発揮します。不思議です。

 

正しくは「闘病」じゃないですね。「共生」だから争わない。なあなあでバランスを取って、うまくやっていきたいと願います。

 

…いや、不思議ではないかな。自分の軸に近いところにあるからなあ。芯が揺るがないと倒れることもないです。

 

どこの宗教とも無関係なので、自分以外に広めようとか、そういうことは考えませんが、多くの悩める人達がそういうものを持っていると、もうちょっと楽に生きられるのになあ、とは思います。できれば各自で日々の中から気付いて根付かせていくのがいい形なのかもしれません。

 

私が尊敬する方が「サムシンググレートはある。単数か複数かはわからない」という言葉を遺してくださったので、それも支えになっています。心からの感謝を(^^)

 

 

 

 

生き続けるもの


両親の死後、守りが強くなったという感じはあります。例えば事故などに遭遇することから避けられるというタイプの守り。さりげなく両親が応援していてくれるのがわかります。今年はずっとそれが続いているなあ、と。生前から私が信じる通りに行きなさいと励ましてくれていた両親の守りは実は現在も続いています。

 

親であることはこの世での役割に過ぎないと言われたりするけど、かくも理想の親でいてくれた両親には感謝しかないですね。それを辱めないために私も両親をお手本に生きるのが多分ベストだと思います。

 

想念が世界を作る、というのも絵を描いているとなんとなくわかります。創作を通じて無意識で世界を構築しているからです。

 

死後の世界も想念で作っておくと、案外それが現実化したりするのかもしれないなあ、と。それってすごい楽しい…。でもきっとそれは途中で投げ出さず、天寿を全うしたご褒美に用意されているのかも…(^_^;)

 

だから私は希死念慮には負けたくありません。あの世で再び両親に再会するのを、迎えに来てくれるのを楽しみにしています(^_^;) 最近の希死念慮は割と早めに退散してくれるからありがたいです(^_^;)

 

 

人を見る眼

 

そういえば私は若い頃から人の容姿をどうのこうのと言う人を信用していなかった。会ったことがない人は話やメールで結構本質がわかる。

 

直接会う人の話は目を閉じて聴くとわかりやすい。容姿の確認は人格を好きになったあとにくるから結構どうでもいい。たまたま美男美女ならちょっと嬉しいかな?(^_^;)

 

うん、でもそれは絵画的なイメージモデルとして見ている気がする。美形じゃなくてもご本人が気にするほどたいした問題じゃない。私の基準では美しくない人はまずいない。

 

ただ本当に人格が外見に現れて近づきたくない人はいる。そういうのは言葉からもわかるので怖いですよ(-_-;)

 

私は人のことをそういうふうに見ているらしい。「見せる(魅せる)お仕事」の人でも例外はないよね。外見だけでは惹かれない。

 

我ながら厳しい判断基準かも。でもそういう世界でも品がない残念な人は少なくないからなあ…(-_-;)

 

ちなみに絵にも品は不可欠だと思ってもいる。内なる修行を侮るべからずという自戒。

 

 

 


キャラがひとまず完成。まだ持たせるものがありますが、現在製作中。
背景も含めると全然まだまだ、という感じです(^_^;)

 

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