つれづれ日記ー逝春抄ー

お絵描きと介護で多忙な日々 双極性2型障害と気長に共生中

微妙な病気のボーダーラインあたり

 

トライポフォビア 極小のぶつぶつ

 

いろいろな人のハンドメイドのクラフト作品を見ているうちに気がつきました。私、重症ではないですが、トライポフォビアの気があるみたいです。極小のパーツが寄り集まっているのを見ると鳥肌が立つんですね。うん、でも草間彌生さんの作品くらいなら大丈夫。もっと細かいぶつぶつがダメです。

 

いつも底の色が黒い片手鍋でお湯を沸かしたりするんですが、沸騰が近くなってくると白い泡が一杯…というのもちょっと苦手です。お玉で必至に潰してます。トライポフォビアの人って結構いるんじゃないかなあ??



natgeo.nikkeibp.co.jp

 

ナショナルジオグラフィック、最新号、面白そうだなあ…。

 

 

母の胃ろう交換


昨日、母の胃ろうの交換も無事に終わりました。「痛なかった」と本人は言っておりましたが。看護師さんとかが相手だと、ちょっと憎まれ口っぽいことも喋るんだなあ。私の時も省略しないで欲しい。懸命に読むのも限界がありそうでさ… (ーー;) 

 

でも昨日はひげそりのためのカミソリを忘れた、と言ったら、はさみで切る動作をするので、「はさみでもいい?」と先が丸い赤ちゃん用のミニはさみを持っていたんですが、それでもいざとなると怖いらしいです。来週は忘れないようにしないとね。

 

先生が来られる2時まで結構時間があったので、加湿器を手入れして、とりとめのない近況報告をして、「寝ようか?」とお互いに、私は椅子のままでうとうととしてしまいました。母もベッドで寝ていたようです。あの部屋、本当にどうしてあんなに眠くなるのか不思議です。でも変な姿勢になっていたのか、なんだか身体中が痛いですが… (ーー;)


胃ろうの交換は10分か15分で済みまして、before&afterの写真を見せていただきました。6ヶ月でも結構汚れるんですね。まあ、注入食の中には脂肪分もあるだろうし…。

 

母はきっちり6ヶ月ごとに交換してくださってますが、父が初めて胃ろうになった時、在宅だったので、相談するのはかかりつけの先生しかなくて、「まだ大丈夫だろう」ということで、1年半持たせたことがありました。

 

さすがにそうなると漏れてくるから私は大変で、やっと交換に言ったら、病院の内視鏡の先生に「危ない。もうちょっとで開腹手術になるところでしたよ。」と劣化した胃ろうの写真と手紙を預かって帰ってきました。まあ、以後は真面目に半年ごとに交換に行くようになりましたが… (*-д-)-з

 

どっちにしても疲れますね。わずか3時間しかいなかったのに、目茶苦茶疲れた… (ーー;)

 

 

当時はあんまり病気だと思ってなかった

 


私は高2の時からパニック発作と付き合っていましたが、当時はパニック障害の病名もなくて、不安神経症と言われてました。それでも精神科の敷居はまだ高い時代で、そもそも精神科の受診が必要だという概念もなくて、近所の内科で軽めの精神安定剤をもらっていました。名前が出てこないけど、おそらくバランスとかセレナールあたりじゃなかったかな?と思います。

 

それで私自身もあまり病気だという意識もなくて、パートにも行ってましたし、家族と旅行も行ってたし、どうしても行きたい時はお能の例会とかも一人で行ってたし…。

 

結構行動することで改善を意識していたというか、そういう願いもありましたが、結局は家族の緊急事態につき合って、否応なしに慣らされたのと、精神科でのSSRIが結構効いたんじゃないかな?とも思っています。

 

パニック障害は悩んでいないというとウソになりますが、悩みつつ積極的に克服したいとはずっと思ってたなあ…。当時の感覚では今のような全身のしんどさはなかったから、辛いといえば今の方が辛いです。

 

あんまり病気だという意識を持たない方がいいんじゃないかと思うんですが、それでも勝手にしんどくなるのが現在の困りごとですね〜。

 

 

 

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