つれづれ日記ー逝春抄ー

お絵描きと介護で多忙な日々 双極性2型障害と気長に共生中

「母親に、死んで欲しい」: 介護殺人・当事者たちの告白

 

大晦日ですね…

 

年末ですが、やはり私はなにもしません。お昼ご飯は作りましたし、年越しそばも各自で作ればいいものを買ってあります。だから明日は明日でまた献立を考えないといけなくなりますが…。

 

今朝はなんだか調子が悪くて起きるのが辛かったです。頭や肩の痛みもあって…。これはもしかしたら腕の疲れじゃないかなあ、と思って、寝たまま両腕を根気よくマッサージ。両腕共に筋肉というか、筋というか、ひどく固まった部分があって、それを根気よくもみほぐす…。腕だから自分で出来るけど、揉んでいる方の手がだるくなってきます。

 

でもそれを続けていると、徐々に腕の血行が良くなってくるのがわかりました。肩が痒く感じるようになってきました。首の血行が良くなると頭のてっぺんの循環が良くなってかゆく感じるものですが…。私は日頃よほど血行が悪い人間なのかもしれません。

 

大体マッサージの先生も頭のてっぺんと足の指先からほぐしていかれて、背中や肩はラストになるので、血管の末端から循環を良くするのかな?といつも思っています。この時はよく頭のてっぺんが痒くなります (^_^;)

 

それでいくらか楽になった気がしたので、いまはぼーっとしています。出来れば今日はお絵描きの続きをしたい。それから夜になってからフライングでサイトの新年更新もやりたいと考えています。また明日にでも覗いてやってくださいませ (^_^;)

 


介護にまつわるあれこれ

 

 

2013年12月23日のブログから

 

母を入院させるにしろ、他の科を受診させるにしろ、紹介状が必要なので、とにかくクリニックに行って先生に相談しようとタクシーに飛び乗りました。…が、なんだか道が空いてるなあ、月曜日なんかいつももっと混んでるのに、と思って運転手さんに言ったら、「え?今日は祝日ですよ」と言われて初めて気付きました。当然クリニックも休みですね。確かに先週は認識していたのに。

 

それだけ切羽詰まっていたということか、曜日はもちろん、日付すら失念してました (ーー;) まあ、盆正月もクリスマスも介護の家には関係がありません。介護と関係なく日々が過ごせるだけでも幸せかなあ、とか思うからなあ。お雑煮どころか鍋物すら出来ないし。

 

昨日の母はほとんど眠らず、終日なにやらぐずぐず喋っていました。カテーテルというか、尿がたまるのが気になるらしく、100CCにも満たないのに、早く採れとれとうるさいし。2500はたまるバッグです。100くらいで採尿していたら手間がかかるばかりです。でもうるさいんだよね (ーー;)

 

夜になってもずーっと言ってて、もう無視して寝ようとしたら派手に転倒する音。リスパダールで歩けないのに、それを忘れてベッドから降りたみたいで…。私もカッとしたから思わずティッシュの箱で頭を叩いたりしましたが。ベッドに戻すのにまた一苦労です (ーー;) それが合計3回はありました。一度はガラス戸にぶつかりかけたし。危険極まりないです。それが夜明け前にももう一度あって合計4度。眠れやしない。

 

いろいろたまっているところになにを思ったのか、今度は尿バッグの捨てる口の部分(開け閉め可能になっている)をはさみで切ってしまいまして。…思わずほっぺた叩いたよ。私わりとすぐに手が出てしまうタイプなので。特に今はあんまり我慢が出来なくなってますし (ーー;) 他にいっぱい我慢してるからさ。

 

正直に言うとかなりの割合で介護放棄したくなってます。父の時には全然こんなこと思わなかったのに… (ーー;)

 

放棄でなければもっと最悪のことをやりかねない怖さが自分でもあって、いろいろと手間がかかる状況にさらにイライラを募らせている次第。

 

 


この頃の母は認知症というよりも、ベンゾジアゼピン系の薬の依存と過剰摂取からいろんな症状が出ていて、精神科の先生と相談して私が減薬も管理していたんですね。それでも薬を捜し出そうとして、手が届かない高い場所に隠すとかで、ほぼイタチごっこみたいな感じに…。

 

そうこうしていて、ふらつく足で立とうとして何度も転倒。ガラス戸にぶつかれば大怪我をするのは必至。だから弟と相談して介護ベッドの4点柵を取り付けることにしました。ベッドのまわりを全部柵をすることになります。

 

おかげで転倒の心配はなくなりましたが、あっというまに歩けなくなりました。

 

 

 

「母親に、死んで欲しい」: 介護殺人・当事者たちの告白

 

「母親に、死んで欲しい」: 介護殺人・当事者たちの告白

「母親に、死んで欲しい」: 介護殺人・当事者たちの告白

 

 


母の在宅介護中は昼夜関係なく、しばしば頻繁に起こされるのが辛かったです。ベッドから3、4メートルしか離れていない狭い家なので、いろんなものが飛んで来て。お茶や水をこぼすために2015年に床のリフォームを余儀なくされたのも畳が腐っていたからです。

 

介護って本当になにがあるかわかりません。いま、特養にいるから、お互いに落ち着いて、無理なく自然に会えたりしているわけですが、距離と時間に余裕が出来るって大事だなあ、とつくづく思います。

 

それと私の場合はブログという形で吐き出すことが出来たのもよかったですね。別にコメントとかじゃなくてもいいんです。「誰かに、どこかに吐き出せる」というのはとっても大事。

 

 

介護殺人を犯してしまった方々には、そういう吐き出せる場所がなかったんじゃないかと思います。そういう場所はごく初期のうちから必要だと感じました。特に男性は気軽に話せる相手がいない場合がほとんどじゃないでしょうか?

 

同居家族がいても、それぞれの生活があるから頼めないとか、そういうこともあって、結局自分ひとりで抱え込んでしまった人たちがほとんどだとも感じました。「どれだけ同居家族がいても介護するのは自分ひとり」という…。

 

私も数日でいいから、この場所から離れられるシェルターが欲しいと思っていました。介護をしていた人たちがほとんど同意見でした。ケアする側の人間に対するフォローですね。自治体によっては取り組みも始まっているようですが、そういうことがさらに拡がって欲しいと思います。

 

ネットでも介護のSNSが利用出来る人はまだ助けが求めやすいかもしれません。なるべく気軽にSOSを発信出来る場として大切なものだと思います。

 

怖いのは「追い詰められ感」かもしれません。自分ひとりでどうしたらいいのかわからない。助けを求める前に殺害に至ってしまう。

 

憎んでいる相手ではなく、むしろ掛け替えのない存在だから、あまりの変貌が信じられず、苦しくて…。「あなたひとりじゃないよ。出来ることはありませんか?」と手を差し伸べる人がいたら、防げることも少なくなかったかもしれません。

 

この社会全体がもっと気軽に弱音を吐ける場所になって欲しいなあ、と私は願っています。

 

どうせ人生に勝ち負けなんか存在しないんだから、弱った時は弱ったし、困ってるって言えばいいじゃん。お互いさまでみんないつかは歳を取るから、当たり前のことに引け目なんか感じなくてええやん。泣きたい時には人前でも大泣きしたってええやん。それくらい当たり前になればいい。

 

 

大晦日に結構重い話になってしまってすみません。

そういう世の中になって欲しいという願望を込めて… (^_^;)

みなさま、今年もお世話になりました。どうぞよいお年をお迎えください。

 

 

 

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