つれづれ日記ー逝春抄ー

お絵描きと介護で多忙な日々 双極性2型障害と気長に共生中

SNS時代の喪の儀式

 

SNS時代の喪の形

 

私のつぶやきも収録してくださっています。しみじみとしたいいまとめだと思います。

 

togetter.com

 

まあ、海老蔵さんのことはかなり「とっかかり」みたいな感じで、同じようなことを考えて模索してきた人が多かったということなのでしょう。私自身もテーマが「死」に関することでなければもっと無関心だったかもしれません。

 

個人的には父の介護と看取りが大きなウェイトを占めていますが、「死」に対するテーマの重要性に気付いたのはやはり3.11以後ではないかと思います。

 


ターニングポイント3.11

 

あの大災害の直後に非常に優れた遺族のケアをしてこられた方々がおられます。金菱清先生のゼミの生徒さんたちしかり、「おもかげ復元師」の笹原 留似子さんしかり、「遺体: 震災、津波の果てに」に描かれた方々も…。もっと他にも無数の想いがあったろうな、と思うと、死を正面から見つめることは、きちんと自分の命を大切に生きる上でも必要不可欠なことだと思いました。

 

まあ、子供の頃からずっと生と死について考えてきた人間としてはターミナルケアグリーフケアも欠かせないテーマですね。

 

 

呼び覚まされる 霊性の震災学

呼び覚まされる 霊性の震災学

 

 

 

 

([さ]7-1)おもかげ復元師 (ポプラ文庫)

([さ]7-1)おもかげ復元師 (ポプラ文庫)

 

 

 

 

遺体―震災、津波の果てに

遺体―震災、津波の果てに

 

 

 

 

どの方々の場合も、きちんと死を見つめ、受け止めることで、悲惨な状況と運命からしっかり立ち上がっていかれる過程がとてもたくさん描かれています。そのどれもがすばらしい仕事だと思いました。

 

 

書くことで頭を整理して、描くことで落ち着ける

 

私も書くことで気持ちを整理していけるタイプなので、そのひとつの方法としてブログがあって、それがあしかけ13年も続いているということは自分にとってはものすごく有意義なんだと思っています。あんまり人のためになるとかどうとかは考えてないですね (^_^;)

 

そういう地道な作業を続けているから、希死念慮を気分と切り離すようなことが出来るようになったんだと思います。それにはもちろん「創作」も大きな力になっていますけど…。

 

3.11の大震災は非常の多くの人の根源的ななにかをも揺さぶったのだと思っています。

 

そして私はその後にテレビを捨てました。まあ、もとから苦手で、嫌いだったんですけど、CMの音は30年以上前から神経に触っていたし、とにかくうるさいのが嫌で、最後にNHKのニュースが残ったけど、結局それも不要になってしまいました。

 

新聞も捨てたけど、そちらはもっと信頼出来るメディアに戻ったら読むようになるかもしれませんが、どうかなあ…? (ーー;)


おかげで芸能界にもスポーツ界にも疎いですが、特に困らないからまあ、いいや (^_^;)

 

 

シンプルな感覚

 

私はもともと人の経歴や肩書きや職業などに重きを置かない人間ですが、テレビと新聞を捨てたら、基本的に誰もがまず「ただの人」として入ってくるなあ、という印象があります。職業、政治家、とか職業、芸能人、とかそういうのはあとからついてくるんですね。未開の土地に住んでいるとこういう感じかな?

 

いや、ネットはあるから引きこもっていても、それなりの情報は入ってくるから、取捨選択は要求されるけど、隔絶しているわけでもないですね。自分で選ぶ自由はあるし。

 


人の営みの中で、生別病死というのはその根源的なものだと思っています。どんなに責任ある立場にあっても、訪れる死は平等です。そこに至るまでに受けられる医療や福祉などの格差はどうしようもなく存在しますけれども…。

 

たぶん、私が関心を惹かれるのはそのどうしようもなく平等な現実の部分ですね。

 

よく死ぬ前に後悔することとか見かけますが、本当はもっと早く生きているあいだに気がつけば後悔しなくて済んだんですよね。そういうことがあまりにも多いなあ、と。今の社会が「死」を切り離してしまったためかもしれません。震災の場所では生と死は隣合わせに存在していて、あの時に気付いたことは人それぞれでしょうけど、少なくとも私は「死を見つめることは 生を見つめること」だと思っています。

 

 

身内の死にまつわることごと

 

母の特養では、状況が許せば家族が泊まり込んで看取りが出来るようになっています。

 

そういうことになれば私は必ずその場にいると思います。

 

父の看取りは3日間でしたが、そのあいだはずっと手を握っておりました。で、そのあいだに私は父に「生んでくれてありがとう」と言ったらしいのです。

 

自分では覚えてないんですが、それを聞いていた母が「私もあれ、言うて欲しい」と言ってたので、きちんと言ってあげないと… (^_^;)

 

ロウソクが消える寸前にひときわ明るい最後の燃焼をすることがあります。生命も同じです。その瞬間を見逃さなければきっちりはっきりと伝えることが出来ます。たとえ魂は半分あちらに行っていてもね。
「パパ、頭はクリア?」と聞くと「うん」と言いましたから…。

 

母には「自己肯定感を持たせてくれてありがとう」とでも言うべきかなあ、と… (^_^;) きちんと伝えて見送ることは敬意だと思うし、果たすべき役割だとも思っています (^_^;)

 

そのあとで、私はやはり長い文章を書くだろうと思います。私にとっては葬儀などの儀礼よりもずっと大切な喪の儀式なんですね。そう、精神のバランスを取るための…。

 

 

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