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両親の介護も一段落 双極性2型障害と気長に共生中

超エリートコースを選ばなかった従兄 「好き」という羅針盤

このところ、コメントやメールにまともにお返事が出来てなくて本当に申し訳ありません。

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書きたいことだけ書いてしまうと、そのあとはもう気力がなくなるのです。今はそういう調子が悪い時期かもしれません。しばらくコメント欄をお休みにした方がいいのかもしれません… (ーー;) ブックマークみたいな140文字だとなんとか書けるかな。Twitterってしんどい時用には便利かもしれませんね (^_^;)

 

しんどいけど、今日はヘルパーさんも来られるし、買物くらい行かないとなあ…と思ってはおりますが…。

 

しんどいから、昔のことばかり思い出すのかな?単なる歳の問題かな?? まあ、いいことしか思い出さないけどね (^_^;)

 

 

 

年齢的に二人とも去年退官の歳を迎えたと思うけど、私には非常に勉強が好きな従兄が二人います。(従姉も二人いますけど)

 

あの「好き」のレベルは誰かに強制されたものじゃなくて、もう本心から「好き」なレベルだな、と思っています。塾に行ったわけでもなくて、顔を見てもそんなに冴えた感じでもなんですが、なぜか「出来る」従兄が二人…。

 

この従兄たちが大学に進学したのはちょうどまだ学園紛争が激しかった時期ですね。Sちゃんはその年、東大の入試が中止になって、受験生がどーっと京大や阪大に流れ込んだ時に、現役で京大の理学部に合格しました。Mにいちゃんは1浪したのかな?翌年阪大の工学部に入学しました。

 

二人ともそんなに経済的にゆとりがあったわけではないので、国立しか目指していませんでした。それも奨学金で。でも大学院まで進みましたし、最終的に教える立場で大学に残ったので、その当時は奨学金を返済しなくて良かったそうです。この制度調べたら今は廃止されています。よほど貢献した人でないと適応されなくなっているようで、だから奨学金の返済も大変すぎて、悩みの種だろうと思います。

 

教育又は研究の職に係る返還免除(廃止) - JASSO

 


私の高校受験の時に数学をメインに見てくれたのはSちゃんの方で、当時はまだ院生ではなかったかもしれません。でもそれから2、3年後に今は亡き伯母から聞いた話では、Sちゃんが国家公務員一種(当時は上級国家公務員と言ったと思う)の試験に全国で5番以内とかで合格し、官僚への超エリートコースをまっしぐらに選び放題だったにも関わらず、「一生数学から離れたくない」という名言(?)を発して大学に残りました。

 

careerpark.jp


エリートコースを足蹴にしてるよね (^_^;) でもそれに変えられないほど数学が好きだったのでしょう。もうここまできたら死ぬまで数学から離れないと思います。すごく本望でしょう。

 

私は教わるくらいで、すぐに忘れるくらいだから数学の魅力はわかりません。が、「死ぬまで離れたくない」というSちゃんの気持ちだけは理解出来ると思います。

 

結局、Sちゃんは福井医科大学福井大学で数学を教えていました。「先生にはお世話になりました」と教え子に当たる人がうちの母に挨拶されて驚いた記憶もあります。その彼も今ごろは立派なお医者さんになられているかもしれません (^_^;)

 

 

 


一方、Mにいちゃんの方は阪大と東京工大を経て、昨年までは福島大で教えていました。専門の内容がわりと珍しいらしく、国内のみならず、海外からも留学生がわりとあって、その人達の論文の手伝いが大変だと聞いていました。

 

東京工大にいた時は、なぜかあの鳩山さんも一緒だったそうですよ。当時から「ちょっと宇宙人みたいな人だった」と言っていました。(…総理大臣は無理だろう、と思ったそうですが、ここだけの内緒にしておいてくださいね。ネットで内緒もないかもしれないけど、まあ一応 (^_^;))年賀状のやりとりくらいは続いていたけど、そのうちやめになったらしいです…。つくづく「ご縁」というのは不思議なものだよね。

 

まあ、Mにいちゃんも去年退官して福島から帰ってきました。母の手術の待合室で叔父夫婦とMにいちゃんと4人で話しながら待っていて、昔はお正月にはみんな伯父の家に集まったのになあ…。いまじゃあ待合室くらいしか顔合わす機会がないもんね、とちょっと複雑な気持ちになりましたが… (^_^;)

 

 

 


まあね、従兄たちについては私も知らないことも多いし、書けないことも多いですが、結局はみんなが歩みたいようにしか人生を歩んでないよね…としみじみ思いました。それなりに不幸も不運なこともあったけど…。

 

私は小さい時から二人を見てるから「あれほど学問は好きじゃないかもしれないなあ」と感じていて、そちらの方向は選びませんでした。もし選んでいたら高校の時の病気でさらに大きな挫折を味わっていたかもしれません (ーー;) 不思議にコンプレックスを持たなかった理由にはこの従兄たちの存在もあるのかな?と、ふと思いました。

 

でもいろいろジャンルは違っても「好きなことだから生涯やりたい」「好きなことだから死ぬまで続く」というのは確かだなあ、と思います。仕事にする、しない、はまた別問題で、仕事は「続ける手段」のひとつだしね。

 

 


自分のことだけでは足りなくて、従兄たちの人生も振り返ってしまいました (^_^;) Sちゃんちなんかさ、うちの母がまだ結婚前に遊びに行ったら、マカロニを茹でたのをおやつにもらっていたから、母が駄菓子を買ってあげた、とか言っていました。伯父が病気がちで貧しかったのですね。公務員でしたけど。昔の公務員ってそんなに豊かじゃなかったよね。

 

そういうところから始まっているから、本当に自分の実力で勉学を選んだんだと思います。それはもう尊敬しています。真似は出来ませんが。

 

私は私なりに出来ることしかやらないね (^_^;) 結局はそれが後悔しない唯一の生き方だと思います。

 

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