つれづれ日記ー逝春抄ー

お絵描きと介護で多忙な日々 双極性2型障害と気長に共生中

精神科と先生とのご縁を感じる経緯

 

クリニックの受診日なので、予約投稿しておきますね。このごろは薬ももらってくるから朝一でもちょっとかかります。

 

先週、保健師さんから電話があったんですが(主にヘルパーさん利用の件だと思います)なにしろ先週はややこしさのきわみみたいな感じでしたので、今週に改めて電話していただくことになっています。時間さえあれば多分来てくださると思いますが…。

 

 

 

なんというか、ご縁があったんだと思います

 

昨日、この記事を読んで思い出したことなど…。

 

www.milkcafe-welcom.com

 

まだ両親が元気だったので18年くらい前のことだと思います。

 

父が現役時代によく行っていた紳士服の店が閉店したあとに、いつのまにか精神科が出来ている。母と二人で買物に行って、その前を通って「あれ?こんなところに精神科が出来てる」「ええやん。なんかあったらここに来ような」

 

…このあたりのノリでふり返ると母も私も精神科に対してなんら特別なものだと思っていないのがわかります。

 

母も30代の頃から頻繁に不調を訴えていましたし、私は高2の時からパニック障害だったし…。20代の頃には一時期拒食症っぽくなったこともあるし(内科でドグマチールをもらって飲んでて、早く回復したけど、その後もずっともらって飲んでたから、副作用で太る、と知ったのは精神科に行ってから)なんかの素養みたいなものはあったから、特に偏見も持っていませんでした。

 

この時すでに弟はパニック障害のために別のクリニックに通院していました。

 


で、その後、16年くらい前かなあ…。 私が仕事に行けなくなって、ただただしんどくて横になってばかりいたら、「あそこ行こう」と母が引っ張って行ってくれたんですね。

 

その当時はまだ自立支援じゃなくて32条と言われていましたが、そういう公的手続やなんかも全部引き受けてくださいまして、その後には障害年金受給のための手続をしてくださいました。どうもそのへん私もぼーっとしていて覚えていませんが、福祉と制度についてはきっちりやってくださるので、大変助かりました。

 

最初はうつ病の診断でした。やがて弟も一緒に通うようになり、乳がん手術後の母も通うようになって、親子3人で通院するはめに… (^_^;)

 

そこから現在に至るまで、いろんなことがありすぎましたが、8年半後にうつじゃなくて(抗うつ剤が効いてない)双極性障害だと判明します。まあ、でもパキシルももらっていたおかげで、パニックや片頭痛が治ったような気もするので、個人的にはパキシルも効果があったと思っています。

 

 


縦糸、横糸みたいなご縁があるな

 

 

で、ここの先生に「先生、もしかしてK大学病院のN先生ってご存知ですか?」と訊くと「知ってる、結婚式にも出たし」「国立病院の時代にも一緒に働いてらしたんですよね?」別ルートからN先生の著書をいただいて読んだから、まあ、そのへんもパズルのピースみたいにはまるから面白いなあ、と思っていました (^_^;)

 

どうもこの主治医のT先生とは面白いご縁みたいなものを感じます。私がひとりで面白がっているだけですが… (^_^;) でもいろいろとあるので、現実も結構面白いです。


母がまだ元気だったころ、「先生、長生きしてくださいね。この人達のことをよろしくお願いします」と頼んでいました。基本的に完治がない、という病気だという認識はしっかりあるわけです。それでいて、私も(多分弟も)そのことについては理解していて、納得に近い状態でいると思います。

 

薬を飲むのも、それ以前から、私は高校生の時からずっと内科の薬を飲んできたので、特別なこととは思いませんでした。

 

もう、しっかりと習慣になっているから飲み忘れることもありませんし…。

 


特養に入ってからも母の状況はお知らせしていますし、書き留めてくださっています。

 

弟はどうもアルコールにはまると「先生とは合わない」と言いたがるようですが、それはアルコールを飲んでたら大抵の先生はダメと言われるに決まっているので、わがままだと思う (ーー;) まあ、現在は飲んでいませんが…。

 

16年間、母や弟は「調子が悪い」と言って、受診しなかったことがありますが、そのかわりに行ってる私は本当に皆勤賞なんだよね…。「長く続く」ことに全然抵抗がなくなってるなあ… (*-д-)-з

 

 

 

f:id:haruusagi_kyo:20180415144648j:plain

 

 

 

 

 

保存保存