きわめて個人的なことなので、どうしようかと思いましたが、メモ的に書き留めておこうと思います。
こういう話は眉唾だと思われる方は信じなくてもいいのですよ。信じると思える人もご自身の心のフィルタにかけて、しっかり考えてから判断してくださいね。こういう話題は鵜呑みにするとか「盲信」というのが一番怖いことなので…。
人に押し付けたいわけでもありませんが、でも私はこういう視点を持ちつつ、長い人生を生きて来た、というどうしようもない現実は存在しています。まあ、苦労多かったとは思いますが、それでも前向きになれたポイントはあるかな?と、ふと思ったもので…。
どこまでも自分の言葉で書いています。説明不足だったらすみません。
さまざまな視点
人間が世界を見る視点にはいろいろなものがあると思います。感情的な視点、冷静で論理的な視点、ありふれているかもしれない日常的視点、倫理的視点、科学的視点などなど、いろいろな方向からのものの見方がありますね。
私はそれに加えて、生まれつき「霊的視点」で見ている部分があるなあ、とこのごろ感じています。
霊的視点は別に特別なことじゃなくて、誰もが持っているものですが、どうかすると気づかないままに一生を終える人も少なくないようです。
死ぬ間際になって「もっとこうすればよかった」という悔いを残す人などはそうではないでしょうか?
なんらかの信仰をお持ちで、それを窓口にして、霊的視点を持っておられる方もあると思うんですが、私は基本的に無宗教なので、信仰がなければ気づかないというものでもなさそうです(^_^;)
私的解釈による「霊的視点」
「霊的視点」とはなにかといいますと、これも私が感じたものを自分の言葉で書いているだけなので、他にもっと適切な表現があるかもしれませんが…。
人間は(動物もそうでしょうが)もともとは「魂」と「肉体」が合致して生きている存在だということですね。魂を持って生まれてきて、肉体を捨てて死ぬ時は魂だけであの世に帰る(これは別の次元とかそういうのかもしれない)のだということですね。だから死ぬ時には愛し愛された記憶のようなものだけを持って行けるのだとか聞きます。
もともと魂には性別がありません。肉体がなければみんな同じです。ですから肉体に付随するもの、人種や容姿や頭脳や経歴や学歴などほとんど関係ないわけです。それだけその人の本質に近いというのかな?私が「人を見ている」のはおそらくこの部分が大きいと思います。
肉体に付随する現世のあれこれはあんまり関係ないです。魂の本質ですね。見知らぬ人にどれだけ親身になれるか、とかそういう行為はほとんど魂から出ていると思います。慈悲というのか。このあたりは信仰とも無関係ではないと思いますが。
本質を見つめると、誰に対しても出来るだけ誠実でありたいと思いますし、生きている間になにをなすべきかもわかると思います。
「全体を見つめる」というか人生の鳥瞰を見つめる感じですね。ものさしがすごく長いのです。それでも宇宙にしてみればわずかな人の一生ですが。
病気の時は思索を深めるチャンスでした
私のように生まれつき弱い子供が、ずーっといままで生きることと死ぬことについて考えてきたことは、いつ病気になった時も自分を励ます役に立ちました。「病気になること=課題=学べるチャンス」だと思っていたし。
精神疾患も脳があるから、身体が反応するから、あらゆることを考えてみるいい機会だと思っていました。肉体がなければできない魂の修養ですね。そのぶんだけ成長できるんだと思っていました。
修養のゴールは「天寿を全うして悔いのない死を迎えること」ですね。
自殺というのはそれを途中で棄権することだから、マラソンの途中で棄権して、そこから一歩も動けなくなってしまうのと同じようですね。
下手をすると生まれ変わりが可能でも、次の人生でまた同じ苦労を最初からやり直すことになりかねません。私はそういうのは嫌です。39キロくらいまで頑張ってきたんだから、どうせならきちんと完走したいです。「もうこの課題は卒業だから!」ときっちり終えたいと願っています。
精神疾患の場合は「死にたい」と思わせるのは病気という死神のせいで、魂は本当は死にたいとは思っていないのです。永遠に近い時間(が、あの世にあるかどうかわかりませんが)その場の苦しい思いに囚われているのは地獄じゃないかと思います。(すでに死んでいるからもう死ねないし)
そういうものに支えられて私は生き延びてきました。
なかなか持ちづらい「魂の視点」ですが、本当に誰にもあるものなので、苦しく、辛くなったら一度そういう方向から見つめてみてください。
病気の時はどうしても視野狭窄になりがちです。単なる空想でもかまいませんので、そういうふうに見つめなおしてみることをお勧めします。
緩和ケアなんかでもこういうケアはすごく必要だと個人的には思います。家族の場合はそれが可能だけど、他の人に対しては無理なのが残念ですけどね…。
本当はね…。一番そういう視点に気づいて欲しいのは政治家かもしれません。無理だろうけど…。