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両親の介護も一段落 双極性2型障害と気長に共生中

後半戦

まだ6月だというのに真夏なみの暑さで、このところの不調もあって、さすがの私もいささか食欲不振に。身体に悪いとわかっていても冷たくてつるんと口当たりのいいものばかりが欲しくなる。冷やしたフルーツの缶詰めだとか、ゼリーとかね。ご飯もあまり欲しくなかったりして…。このあいだとろろぶっかけそばなど作ってみたら美味しかったな。あまり冷たい麺は好きじゃない私でもなかなかいけました。

お絵描きする気力はなくても、ぼちぼちとペーパーグッズは増殖中。新しく小さなギフト用の紙袋とお揃いのラッピングペーパーなどをアップしました。このサイズだとちょうど指輪の箱くらいが入るかなあ、という感じです。小物のプレゼントにはちょうどいいかも~。ご利用くださいませ。

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日本人の平均寿命からいくと、もう後半に入っている私の人生。そのせいかどうだか、あるいは病気のせいかもしれないけれど、最近は「あとどれくらいのことが出来るだろう」とふと考えてしまうことが多い。

なんというか10代とか20代の頃ならば、勢いにまかせて数多く、というのが多かった気がする。たとえば落書きにしても読書にしても。とにかくたくさん描けばなにか身につく、という確証があったし、本も乱読でもとにかく数多く読みたい、という欲求が強かった。

でもこのごろはあきらかにそうじゃないんだよね。数多く、というよりも質を高く、という方にこだわっているような気がする。お絵描きにしてもどうせ描くのなら、なるべく完成度が高い作品にしたいなあ、という思いがあるのだ。もともと手抜きをするタイプじゃないけれど、背景にまできちんと手をかけたい、と願ってしまう。デッサンも時間をかけて、なるべくあとで後悔しなくてすむように。

読書もね、気に入った本はじっくりと時間をかけて何度でも読み返したい。昔はほとんど毎日1冊くらいのペースで読んでいた時期もあったけれど、今はもうそんなに焦って読みたいとは思わない。そのかわりに終生の友になるような本と出逢いたい、という思いは強いけれど。

なんだかもう完璧に守りに入ってますね(笑)新しいことを始めたい、という願望ももちろんあるんだけれど、ある程度「見る眼」が育った分野では選択眼が厳しくなっても仕方がないだろうな。量よりも質を求める気持ちが強くなっている。自分の創作にこれを当てはめてしまうとちょっと辛いんだけど…。でもなあ、限られたエネルギーだからこそ有効に使わないとね、とこのごろ思うのよね。

持って生まれたエネルギーの価というのが、私の場合世間一般の人のレベルよりも低いような気がするのね。だから本当に限られた分野にしか使えないよなあ、と。

考え方によってはこういう姿勢を「スローライフ」ともいうのかな。一つ一つの身近な物事を大切に愛おしむように過ごせたら…と願っているこのごろの私なのだった。

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