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つれづれ日記ー逝春抄ー

お絵描きと介護で多忙な日々 双極性2型障害と気長に共生中

自分を見失うことっておそらくないだろうな、私

 

 

いつも大抵合理的な私

 

m-gramという診断があります。どの程度的を得ているかどうかは別として(やり直すと微妙に違った結果になります)

 

check.m-gram.jp

 

でも毎回やっても「最強に合理主義」というのは出てくるから、これは動かないだろうな、と思いました。

 

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で、そもそも「合理的」というのはどういうことかと思って具体例を調べてみると、「いつも効率を考えている」というのがあって、「ああ、それわかるわ」と思いました。

 

たとえば外出して、幾つかの用事をすませるために、どういう順序で回れば時間や体力をなるべく無駄にせずに片付けていくことができるか?とかはいつも考えていますね。

 

エネルギーに限界があると実感してからはよけいにそうです。一度に並行してできる家事などはさっさとすませて座りたい。そのためにはどうすれば手際よく出来るか?とか。仕事でもそうです。話を聞いた時にすぐに頭の中でシュミレーションして、期日までに出来そうなら受けますが、どう考えても無理なことは頭で断ります。

 

そのかわりお受けした仕事は大抵、予定よりも早く完成させます。

 

でも、こういうことってみなさんやっていませんか?うーん…。だから私なんかは要領がいいタイプなのかもしれません。いままでの経験則が出来るから、それで判断材料になるし…。

 

「限られたエネルギーをいかに有効に使うか?」という課題がある限り、やっぱり効率化を考えずにはいられないだろうなあ、と思いました。そのためにはスルースキルも時には活用します (^_^;)

 


身体は疲れたけど脳は安らかに…


昨日、思いがけなく嬉し涙にくれた私ですが、夕方には姪が私が送ったおもちゃで遊ぶ子供の写真を送ってくれて、もう一度感動したというおまけがつきます。

 

でも、ものすごく頭がすっきりして、昨夜は大変よく眠れました。涙がもたらすストレス解消効果はすごいですね (^_^;) 感動と嬉し涙には特にそういう効果があるそうですが…。

 

j-net21.smrj.go.jp

 

私の基本的な薬はリーマスですが、一応理想的な血中濃度に保たれています。そこへもってきて、自分で楽しんでやっている自己分析のようなものって、意外と効果があるのかもしれません。

 

このあいだのメタ認知というのもそうですが、フォーカシングとかも、あとでそういう言葉を概念を知ってみたら「あれ?そういうこと、私自分でやってるわ」と大抵思い当たります。

 

特に専門的なことを学んだわけじゃないけれども、自分自身とちょっと離れた視点で観察している自分が存在すると、なんとなく自然にそういう方向に流れていくような気がします。

 

自分で自分のカウンセリングのようなことをやっている感じ…?もしかしたら専門のカウンセラーよりもよくわかるかもしれません、自分限定で… (^_^;) やっぱり自分自身っていうのはわかりやすいサンプルなんだなあ。

 

でも、職業的なカウンセラーになろうと思えばもっと勉強も資格も必要だから無理ですけど…。

 

 

あ、もしかしたら自分自身のこともわりと冷静に見られるというのにも合理的な部分は関与しているかもしれませんね。どうしてこうなったかはわかりませんが、なんとなく当然の帰結のようにも思えてきます。

 

精神科の薬をあまり増やさずにすんでいるのはありがたいとも思いますが…。自分の経験では薬だけではやっぱりちょっと足りないかも…と思えるので、そのあたりは自己分析とかカウンセリングの効果になるのかもしれません。

 

「自分で気付くこと」というか、そのへんの変化もすごく大事な気がします。

 

 

 

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