やっと上あごの腫れがひきました。なんとなく頭痛はしますが。
桜が咲いたら近くの穴場にお花見に行きたい。お店もなにもないけど、知ってる人はしってて、ただひたすら桜が美しいという穴場に (^_^;)
駐車場もないし、自転車だと遠いけど、やっぱりタクシーでないと無理かなあ??
たぶんこれが双極性
このあいだ、心理学の勉強をして、ついでに取れるなら資格も取りたいとか言ってましたが、熱出して数日寝込んでまだ完全に体調が戻らないんですが、そのあいだに綺麗さっぱりとあの時の向学心が消えてショックを受けてます。
もしかしてあれも軽躁の症状だったの??問題集1冊しか買ってませんが、いまは開いてもみてないという…。
この辺で言ってましたね。
気持ちは嘘じゃないです。文化に飢えているのも確かだし、心理学に興味があるのも事実です。でもそれについて試験を受けるほどやってみたいという気持ちが消えてしまっています。
やる気も本当だったんですが、振り返ると軽躁の症状だったのかなあ、と…(>_<)
向学心まで症状なのか?似た感じで材料揃えて手をつけられないことも一杯あるけど。心理学に興味はあるけど、なんかそこまで深くは無理かなあ?と。
学生さんなどはこういう症状に思い当たられることがあるでしょうか???あれも軽躁??
きれいさっぱり失せてしまった向学心のことを考えていたら、気分が落ち込んできたので早寝しました (T-T) なんだか自分が一番ショックでさ…。自分のやる気が信用出来ないってどういうこと??
テキスト1冊買ったくらいだしマシな出費なんだけど、「やる気の落差」がものすごくショック… (T-T)
双極性障害ってこういうことの繰り返しです。しかもいつも気持ちは本物だから始末が悪くて、実行できないと普通以上に落ち込みます。なんで自分はこんなに駄目なんだろう?と思ってしまう。やる気がでたりなくなったりするのが脳内物質のせいだなんて。
しかもこの病気って100人に1人くらいの罹患なので、他の人には理解しづらい割合が高いです。まだパニック障害や単極性うつ病の経験者の方が多いんじゃないかな…。
ただ幸いなのは他の人に迷惑かけるまではいっていないということ。
私はやはりほぼ確実に出来るお絵描きをメインにして今後も生きて行くしかないと思います。
病だけがすべてではないので
昨日「闘病アカ」という言葉を見かけたんですが、何らかの病気との戦いをメインとしたアカウントのことらしいです。すごく狭いテーマですね。
双極性障害は私を構成する一部だけど、それが私のすべてでもないし、ゆるゆる共に生きる相手だからツイッタでもFacebookでもほかのSNSでも、私は闘病アカウントにはならないんだよね。病気を治すことだけが人生の目的じゃなくて、ぃかに上手く付き合いながらやりたいこともやっていこうという…。
仮に寛解しても、人生の最後まで一緒に行くのがベストじゃないかと思う。
だから介護とか創作とか全部同じ重さの扱いです。
白髪が増えても髪が薄くなっても自分が 悩んでなければ特に悩みでもないし。
世間の人の大抵の悩みが私には悩みじゃないのよ。アンケートに答えてると「世間の人はこんな程度で悩んでいるのか」という気分になります。それでも悩み解消のためにお金を使ってしまう人もいるんだしね。
悩みそのものがどうでもいいというのは、わりと悟りのような境地だな (^_^;)
自分が他人を気にする人間で無くて良かったと思います。
人工呼吸器簡単に考えるなよ。
親の延命について何人もの先生に相談した時、人工呼吸器を使う苦痛と負担について説明していただいて必要になる時が来てもやめてほしいとお願いした。最期に使って欲しくない苦痛があるものだと納得。私自身も使って欲しくない。あっさり死にたいです。その覚悟はあるよ。 https://t.co/8LD9gUP0bQ
— 藤本恭子/双極性2型障害と共生中 (@haruusagi_kyo) 2020年3月22日