つれづれ日記ー逝春抄ー

お絵描きと介護で多忙な日々 双極性2型障害と気長に共生中

「いつでも ひとりで 行きたいところに行ける」幸せは不自由な体験でわかること

 

昨日、病院でも特養でもなく、自分の楽しみのための外出、というのが12年ぶりだと書きましたが、そのあとで、もっとすごいことに気がつきました。

 

自分の楽しみのために、本当に行きたいところに「ひとりで」出かけたのが実に30年ぶりじゃないかということですね。多分記憶違いじゃないです。

 

20代の頃はひとりでお能の例会にも行ってました。当時、東京に住んでいた友人と待ち合わせて、岡崎の観世会館まで行ったこともあります。

 

その後は、それなりにパニック障害の症状が重くなったり軽くなったりしてまして、重い時にはひとりで家にいても発作が起きて、ずーっと電話の前に座ってましたし、信号も渡れませんでした。私が勤めた会社はすべて自転車で通勤できる距離にありました。それを第一の条件に選んでました。

 

家族と一緒なら、話相手がいるだけでも気晴らしができて、発作が起きにくくなったので、旅行や(国内だけですが)買い物、展覧会などにも誰かが一緒ならなんとか行けたんですよね。飛行機にも新幹線にも乗れました。バス旅行もしましたし。家族と一緒ならなんとかなったんです。

 

 


それが13年前、私がうつ病ののちに双極性2型障害と診断されて、1、2年のうちに母が乳がんの手術を受けました。その時にいただいたお見舞いの快気祝いを京都駅前の伊勢丹の買いに行ったのが多分最後です。私と母と弟と。生ビール飲んで弟のリクエストでトンカツ食べました。

 

それからすぐに母のホルモン療法が始まって、具合が悪い母についてきて欲しいとは言えず、そうこうしているうちに父が脳梗塞で倒れたので、ますます外出することは無理になりました。寝たきりで胃ろうで、頻繁に痰吸引が必要なのに、置いて出られませんよね。

 

その在宅介護が4年近く。父が亡くなって、一段落しても、こちらは介護のダメージで疲れて病気も重くなっているから、気軽に外出なんて無理ですし。ただ、病院関係だけは頻繁に行き来していましたが。

 

それから母の介護でしょう…。私ひとりではますます出られないし、これも病院関係だけだしな…。病院と特養ばっかりなんだな、これが…(ーー;) 自分の受診もありますし。

 

今は週に一度特養行ってますが、ついでに買い物とか、たまにお稲荷さんにお参りもしますが、純粋にひとりで行きたいところへ行っているわけではありません。荷物も多いしね。

 

 

 


だから本当にひとりで行きたいところへ遊びに行けたのは30年ぶりです。すごいよね…。

 

その間、時が止まっていればいいんですが、そうはいきません。その分、順調に歳を取るし、外に出られなくても家で出来ることをなんとかしよう、とあれこれ足掻いた結果、現在があるわけです。

 

 

 


介護の経験もまったく無駄にはなっていませんし、それゆえの人脈も広がりましたが、まあ、パニック障害が治ったのはやっぱり嬉しいですね~(^^) たとえ30年以上かかっても、とにかく「治った!」これは本当に記念すべき嬉しいことなので、何度でも書きたいです(^_^;) 克服出来たと言ってもいいですか?

 

これからは体調とタイミングとスケジュールが合えば、美術館でも行けるかなあ、と思います。できればあまり地下鉄には乗りたくないけど、慣れるとマシになるかな。風景が見えないのって不安だし…。

 

 

 

振り返ると、12年とか13年とか30年とか、次元がずれてるわけでもないけど、なんとも不思議な時間を通ってきたような気持ちになります。普通に会社勤めでやってきた人のパターンとは全然違いますね。

 

今現在、パニック障害で悩んでいる人もきっとこういう日が来ると思って励みにしてください。姪っ子も薬がいらなくなってきた、と言ってたし、嬉しいことですね。薬の手助けを得て、認知行動療法かな…。あの一番ひどかった時を思うと本当に不思議。

 

パニックじゃない人って、在宅介護をしていない人ってこんなに自由なんだ、と感動します。見えないだけで精神疾患そのものもかなり不自由なんですけどね。

 

 

 

健康な人には全然ピンとこないと思うけど「いつでも ひとりで 行きたいところに行ける」っていうのは実はすごい幸せなんですよ。あらゆる障害者の実感じゃないかと思います。

 

 

さ、母の特養に行ってきます(^_^;)

 

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