お互いさま おかげさま ありがとう

両親の介護も一段落 双極性2型障害と気長に共生中

「星」と「時」は私の生涯の創作テーマなのかも…

 

「星宿海」は本当に存在する

 

今月、私のギャラリーサイト「星宿海 渡時船」では16周年記念の企画を開催しているわけですが、このサイトの名前「ほしやどるうみ ときわたるふね」という名前はそもそも30年以上昔に、友人と二人誌を作った時に遡ります。

 

黄河の源流にその「星宿海」と呼ばれる場所があります。

 

動画を見つけたので貼っておきますね。これの前置きもありますが、興味のある方は探してみてください (^_^;)

 

私らは当時のNHKの「シルクロード」シリーズに多大な影響を受けた世代なんですよね〜。

 


星宿海 夜

 

どうして我々がこの場所と名前を知っていたかというと、井上靖さんの詩集の中でした。昼間は水たまりですが、夜になると天上の星を映す場所。地球の上にそういう場所があるなんて、と想像だけで感動しまして、「この名前をいただこう」と二人で決めました。

 

「ときわたるふね」は「こういうところなら悠久の時を超える船を出せそう」というなんともファンタジックな、SFちっくな想像が働いたから自然と生まれた言葉です。友人とはそういうイメージが本当にツーカーだったので、だからこそ、合作も出来たのだと思っていますが…。

 

で、その名前を私がそのまま引き継ごうと思ったのも自然なことです。将来にその時の気持ちを思い出せなくならないように、いつでも原点に立ち戻れるように、と思いました。

 

おかげで17年目になりました。このまま死ぬまで続けていけたら言うことはありません (^_^;)

 

 

 

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「星」と「時」は永遠のテーマらしい


こういう古代の中国周辺の文化的なものに、日本はかなり影響を受けていますよね。古代からね…。

 

私が正倉院の御物が大好きなこととか、そういうのも無関係ではないと思っています。


星つながりで、かつて空海が持ち帰った、と言われている宿曜占星術なども、西洋占星術と比較対応してみるのも面白いです。漢和辞典の巻末に載っていた星図とかも意外と馴染に感じるものです。

 


中国星座への招待

http://www.sci-museum.kita.osaka.jp/~kazu/chinaseiza/chinaseiza.html

 


私は斗宿なんですが、これの「斗」というのは「北斗」に当たるらしいです。

北斗星、北の守護、玄武…と連想していくとなんだかまた物語が出来そうな気になりますが… (^_^;)

 

なるほど、原点に還るというのは当時の自由な気持ちと空想を思い出すことにも繋がるんだなあ、と思いました (^_^;)

 


「星」と「時」というキーワード、それがやっぱり私の創作の原点だと思って間違いないようです (^_^;) 壮大なものを掲げると、それに従って創作そのものも気が長くなるみたいところもありますね (^_^;)

 

 

 

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継続の影で「継続出来ないもの」の山が累々と… (ーー;)

 

作業療法士さんに打ち明けてみたこと


今日、訪問看護の日でしたが、そこで作業療法士のMさんと話していて、以前から気になっていた自分の「困った点」についていろいろ考えてしまいました。

 

私はお絵描きやブログや自分のサイト運営はえんえんと何年も続けていますが、実はその裏で、本格的にとりかかるまでに投げ出したことがいくつもあるんですね。主にものづくり関連です。手作業好きなもので、「あ、あれ面白そう (^_^)」と思うと、すぐに自分でもやってみたくなる癖(?)がありまして…。

 

少なくとも30年くらい前からあるんですが、作りたいと思ったものの材料を集めて、いざ始めようとすると、その段階でえらく大儀に感じてしまって、それから先に進めない、というのがあります。

 


やりたいと思ったら材料を集めてしまう


昔、よく行くスーパーの中に手芸用品売り場があって、買物に行くとそこでいつも手芸材料やキットを飽きずに眺めていて、「これ欲しいな…。でもこれ実際に作る気力があるかな?」とえんえん迷って、結局「無理な可能性が大きい…」と買わずに帰ってくることがほとんどでした。

 

その売り場もいまは無くなって、そういう材料の買物もネットがメインになると、実際に買ってみないとわからないことも多く、材料を集めては結局手付かず、というパターンがすごく増えました (/_;) 

 

すごく無駄遣いだと思うんですが、自分ではなかなか止められないんで、これってもしかすると軽躁の症状なのかな?とも思うんですが…。(同じ双極性2型の方、どう思われますか?)

 

やりたい気持ちが長続きしない、お絵描きやブログの更新は全然そういうことないのに、どうして駄目なのかな?と自分でも思います。Mさんは「材料が揃ったら『やらなきゃいけない』という負担が大きくなるんじゃないですか?」とも言われます。そういうところはあると思いますが…。

 

 

 

やりたいことに投資する感じ…?


買物だけじゃないかも…。

 

筆文字のネット講座を受講しようと思って、1万円くらい支払って、自分の名前を書いてもらったところで、少しは自分でも書いてみたけれど「あー、これは駄目だわ… (/_;)」とあっけなく挫折… (ーー;)

 

もうひとつ、カウンセリングの通信講座がキャンペーンでえらく安価で(1980円とか)生徒募集していたので、やってみたくなって、申し込んで、用紙やテキストやDVDが届いたんですけど、それもいざとなるとどうしてもDVDを見ることが出来なかったです (>_<)

 

あとね、クラウドソーシングですが、4つくらいのところに登録してるんですね。でも「ココナラ」みたいにお客さんからのご依頼があれば、その仕事は出来るんですが、他のところみたいに「自分から提案する」ということがどうしても出来ません。

 

これってやっぱり「やらなきゃいけない」と感じる壁が大きいのかなあ?これも病気のせい??

 

あんまり病気のせいだとは思いたくないんですが、自分でもあまりにひどいという自覚はあるんですね。もしかしたら単に飽きっぽいだけかもしれませんが…。お絵描きやブログは飽きないのにな…。

 

 

いままでの「続かなかったもの」


いままでにすぐ飽きて投げ出したもの。

 

1)がまぐち手芸

口金はいっぱい買って、型紙まで作ったんですが、それから先に進めないのですね…(>_<)

 

2)スタンプ製作

最初はカードなどを作るつもりで始めたはずが、スタンプそのものを作るのが面白くなって、家紋やら有職文様やらいろいろ作って、サイトで販売もしました。それ以上には進みませんでしたが、まあ、オリジナルを作れた時点でまあいいかなあ… (^_^;)

 

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3)筆文字用の筆ペンともろもろ…

実際に開けて使ってみたのは黒の筆ペンだけであとは未開封。他にハガキサイズの用紙もあります。これはほぼ新品なので、使ってくださる方に送料のみでお譲りしても…と考えています。

オークションに出すのが非常に面倒で気力がないので…。

 

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4)ゼンタングル

これは中を見て「あ、中学生の時によく似たのをやったわ」と思って、本だけで済みました (^_^;)
この本も希望される方がいらしたら差し上げたいです。

 

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5)ユニット折り紙

これはまだこれから気が向けばやると思います (^_^;) …多分 (^_^;)

 

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ため息が出ます (ーー;)

 


他にもあったけど、なんだかなあ…。

 

お絵描きにかかるとその他のことは本当にどうでもいいような感じになってしまうから…。一種の代替行為みたいなものでもあるのでしょうか?自分の性格なのか、軽躁なのか自分でもよくわからないんですが、葛藤は大きいです (ーー;)

 

すごい派手な無駄遣いじゃないけど、自分にとっては価値がある、と思えるものには使ってしまってるんですね。それでいざとなると出来なくて落ち込む、という…。

 

本当にやりたくて出来ること、とやりたくても出来ないこととはどうやって制御すればいいんだろう??


今日描いてたラフ。紙が足りないのでつぎ足してます (^_^;) 

 

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珍しく縦長の構図。たまには掛け軸みたいな作品でも面白いかもしれません。ずーっとこれだけやっていれば幸せなんだけどね…。

 


明日にでもプレゼントページみたいなのを作りますね。無駄なく使ってくださる方があればモノにとってもそれが幸せだと思いますし… (^_^;)

 

 

 

 

 

人のために動くと自分が変わるという幸せ

 

金曜日はいろいろ忙しいので、予約投稿しておきますね。多分午後3時くらいまではばたばたしてそうな気がしますし…(^_^;)

 


イメージが降ってきて嬉しい (^_^)


あ、そうだ。昨日の午後は訪問マッサージの日だったんですが、マッサージで血行が良くなったのか(脳も含めて)、もしくは雑談が気晴らしになったのかもしれませんが(訪問看護や訪問マッサージってカウンセリングのような部分もあると思ってますし…)「気持ちいいなあ…」と思っていたら、お絵描きの神様が降りてきてくれました!嬉しい(^^)

 

慌てずにぼちぼち形にしていこうと思っております。

 

マッサージの先生の患者さんたちも軒並み不調だったみたいで、やはり天候とか不順だとみなさん影響が大きいんだなあ、と思いました。晴天が続いてくれればみなさんきっとましになると思いますね。もちろん私も(^_^;)

 

明治生まれの祖母が「木の芽どきは気ぃつけや」と言っていたのを思い出しました。

 

 

 

眼の前にあることを大切にしながら生きる


この話は以前にもしたことがあるんですが、ほとんどの方は忘れていらっしゃると期待して(?)もう一度 (^_^;)

 

実は昨日かこさんの記事を読んでいて思い出したことでもあります。これね。

 

 

kozikokozirou.hatenablog.com

 

かこさんとはいつもなんとなく励まし合っているような気がするんですが…。全然違う病気だし、生活環境も違うのに、でもどこかに共通点があると感じるのは「家族を大切にしていること」と「日々の生活を大切にしていること」ではないかと思うんですね (^_^;) 基本的に前向きなのと…。

 

 

 

で、私が思い出したのは2013年10月。最初に母が倒れて入院した時のことです。

 

それ以前から何ヶ月も私はいわゆる「五十肩」というものの痛みに悩まされていました。左腕がとにかく痛くて捻れない。後ろでエプロンの紐を結ぶなんてとても無理。あんまり上に上がらないし、力も入らない。だから非常に困っていたんですよね〜。

 

時間が経てば治るのか?と思って、特に治療はしていませんでしたが。(湿布とか塗り薬とか嫌いなんです〜)

 

母の病室で、母を見ながら、「これはもう完璧に介護が必要になるなあ…。私一人しかいない。…困るけど…けど…、これはもうやるっきゃないでしょ」と覚悟を決めた途端に、瞬時に五十肩の痛みが綺麗に無くなったんですね。

 

後ろにひねっても大丈夫。力も入るし、腕も上がる。キツネにつままれたような気がしました。

 

頑張ろう!と決意した途端に気合いが入ったみたいな感じですね。

 

身体というのはそういうものなのかもしれない、とふと思いました。もしも神様がいると仮定したら「そうか、頑張る覚悟が出来たか。そんなら治しちゃろ (^_^)」とやってくれたみたいな…実感としてはそういう感じでした。

 

f:id:haruusagi_kyo:20170413193435p:plain ひさしぶりのいらすとやさん (^_^)

 

↓ 個人的にはこっちもウケました (^_^;)

 

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巡り巡る幸せ感


きっとこれが「自分のため」だと思っていたらきっと駄目だったと思います。家族のため、介護のためだったから、そういう力が出せたんじゃないかなあ、と。

 

以後も気をつけて見ていたら、私の場合は「自分のため」ではそれが働かないのもなんとなくわかりました。「家族のため」とか「○○さんのため」とか、そういう場合でないと発揮出来ない力があるようです。利他じゃないと駄目なんだよね。

 

でも人のために何か出来た時の嬉しさとか幸福感とかは、巡りめぐって結局は自分のもとに戻って来るんですけど… (^_^;) いや、でもこういうことが確認出来ただけでも痛みを感じたり、病気になったり、そこから気付けたことって本当に大きいと感じています。

 

人生に無駄な経験って本当にひとつもないですね (^_^)

 

 

 

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