つれづれ日記ー逝春抄ー

お絵描きと介護で多忙な日々 双極性2型障害と気長に共生中

母が退院しました …やれやれ…

帰宅しました。疲れました。

 

が、なんとかやるべきことは全部やってきましたし、引き継ぎも済ませてきました。

 

母の病院についたのが9時20分くらいで、それから精算を済ませて、片付けて、それでも特養からのお迎えにはまだ1時間くらいあるなあ、と思っていた頃に、看護師さんが褥瘡の処置とバルーン交換、着替えに来られました。

 

実はこの段階で電池切れ状態だった私は、空きベッド(マットなし)でもいいから横になれないかなあ、と思っていたところで、テーブルの上のバッグを枕に頭だけ寝てました。

 

看護師さんに談話室を教えてもらって行ったら、足をケガしたお母さんと小学生の家族が夏休みの宿題中(でもにぎやか)でしたが、隅っこでちょっと座らせてもらって、ここでもバッグを抱えて枕がわりに…。誰もいないなら、本当に横になりたいところですが、それでも休めるだけましかな??

 

家ならば20分くらいベッドの上で寝ころんでいるところです。どうもこの病気の人には電池切れ状態になるパターンが多いようで、躁鬱に関わらずそれがくる、という人もいますし、よくわからないけどそうなる私みたいなパターンもあるようです。

 

もっとも私の場合は発病のかなり以前からこういうことはありました。仕事中だけど、5分でいいから横になりたい。そうしたらまた残りの時間頑張れるのに…、と思っていました。無理でしたけどね。

 

でもとにかく少し回復した気がするので、11時に来られた特養の車で母と一緒に戻りました。

 

特養に戻ると、スタッフの人に「寂しかった」と言ってましたね、母は。入院中に夏祭りも終わっちゃって残念かも。

 

 


実はスタッフさんたちもみなさん胃ろうで帰ってくると思っておられたらしく、隣接病院の担当看護師さんにも意外そうに言われていましたが、「しなこちゃん(と呼ばれているらしい)はしんどい時でもあまりしんどそうな顔をされないので、食欲などで判断するしかないんですよ」とのことで、「しんどい時には早めに言って。そうしたらみなさんわかりやすいでしょ」と言っておいたのですが、さてどうかなあ???

 

看護師さんの話ですと、母は時々入院したい、という意志を表す傾向にあるようです。病院だと安心するのだろうか??


そういえば以前にも相談員さんが「体重測ります、というとK大病院に行く、というようなことを言われるんですよ。前に入院されてたのはK大病院じゃありませんよね?」それはきっと多分私のせいです (ーー;) K大病院の先生がこういうことをアドバイスしてくださった、とか、そういう話を母にもしていたもので、どうやらその印象が強く残っているのではないかと思われます。過去にK大病院に入院したことはないんですが、私の話がインパクトに残っているのかなあ?

 

なんにしても私が信頼している先生がいらっしゃる病院に入ると安心、という精神的な図式ができ上がっていそうな気がしますが… (ーー;)

 

ああもう、覚悟しておこう。次にまた電解質のバランスが崩れたら、ひどく悪くなるまでに入院させてもらおう。看護師さんともそれがよさそうですね、という話になりました。

 

細かいケアプランの方は来週の金曜日にカンファレンスがあります。それによってその先のことを考えようと思います。

 

 

 

私も疲れたから、あとはゆっくりしたいなあ。雑用はいっぱいあるけどね (*-д-)-з イラストのラフも出来ているけどね、欲張っても多分無理〜…(>_<)

 

 

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