つれづれ日記ー逝春抄ー

お絵描きと介護で多忙な日々 双極性2型障害と気長に共生中

双極性2型障害が友となる日

自分で言うのもなんだけど、私はもしかしたら人よりも少しだけ
メンタル的に強い傾向にあるのかもしれないと思う。

 

以前はそんな風に感じていなかった。
それを徐々に自覚するようになったのは、やはり父を介護し看取り、
今も母を介護しているからかもしれない。

 

母の友人に近況報告をすると、「あんたって強いなあ」と言われる。
で、その時に初めて、そうなのかもしれない、と気づいた次第。

 

特に母の介護に入ってからは激変というほどに変化している。

 

母とはわりあいに仲がいい母娘だった気がする。
二人で旅行もし、買い物にも行ったし、美味しいものも食べたし。

 

阪神大震災以来、自分の部屋で寝ているとすぐに避難が出来ないから、と
両親が寝ている部屋で寝るようになったし。いつも隣に母が寝ていたし。
当時はその状況が変わるとも思えなかった。

 

そういう私が大変に遅まきながら、精神的な自立を果たしたのだと思う。
まあ、両親のおかげといえばそうかもしれない。

 

 

ところで、私は私なりの長い経過の果てに、今ここにいるんだけど、
強すぎる、というのは時として、そうではない人たちに引かれる要素になる。

 

たとえば数多の実感から「この病気になってよかった」と本音を言うと、
「そういう考え方が出来るのか」と賛同してくださる方もあれば、
「自分はまだ全然よかった、とは思えない」という方もおられる。

 

それって本当にいままでにその人が経験してきたことや、
今現在、どういう風に考えながら生きているかなど、
そういうすべてのことが根底にあるわけだから、同じように思えなくても
当然だし、全然それでかまわないと思うんだけど。

 

焦る必要はないし、すぐに気づけなくてもいいと思う。

 

…けれども、かつてはそんなに強くなかった人間がここまで
来たんだし、という例が存在していることだけは覚えていて欲しいなあ。
もしかしたら、自分もそのうちに今の現状の苦しさから抜け出せる時が
くるかもしれない、っていう希望の一端にはなるでしょう?

 

それでいいと思うのね。だって他人との比較なんて意味ないし。
意味はないけど、いつかは、っていう可能性はあると信じて欲しい。

 

ちなみに私が明るいテーマで絵を描いたり、仕事をしたりしているのは
自分自身へのハッパをかける意義も大きいです。
活力を入れているというか、そんな感じ。

 

現状は重くて、暗いし苦しいし、これで明るく笑える日が来るなんて
とても思えない。それは当然でしょう。

 

だからといって、ますます暗さの底に沈んでしまえば、ますます浮上が
難しくなるし…。潜在意識まで駄目な方向に向けて欲しくないと思う。

 

潜在意識、思い込み。これって想像以上に影響力があると思っている。

 

たとえばね、つつましく生活出来ればいい、でも可能なら他の人の役にも
立ちたい、と言ったら、金運の場合、それだと「つつましく、というだけしか
入ってきませんよ」と言われてしまった。

「つつましく」がブロックになっている、と。そうすると本当につつましい以上の
お金も入ってこないらしい。当然、人助けが可能な余裕はありません。

 

ああ、これは病気の場合も一緒かもしれないなあ、と思った。

 

自分はずっとこのまま抜け出せないんだ、と思い込んでしまうと
本当にずっと抜け出せないままになってしまう。
ここはちょっとスピリチュアルな思考が入るけど、
この病気になって、自分はなにが学べたか?と考えることができたら、
それで実際に潜在意識の中で、「この病気で学ぶことができたものがあった」
重要な意味が病気の中にはあった、と思えたら、もうすでにその病気から
卒業する準備が出来つつあるんだと思う。

 

だって、もうその病気である必要性もないんだしね。

 

病気の性質上、完治は無理でも寛解にまで持っていくことは
可能じゃないかと思う。

 

ただし、そのためには「気づき」という重要な課題が含まれているけれど。

 

この「気付き」は大変に重要なものだと思っている。

 

気づくことで病気や症状に捕らわれることが少なくなる。
この過程がとても大切。いつのまにか自然に全てを受け入れていた。
受け入れながら、それを深く考えずに存在させていた。

 

ふと気がつくとそれらは以前よりも脅威ではなくなっていた。

 

気付き、認めて、受け入れる。
…そして共に生きる決意をする。
そのことでいつのまにか病気は敵でも脅威でもなくなっていた。

 

この前なんか明らかに鬱だったけど、正味1日半くらいでそこから
自然に抜け出していて、自分でもすごい驚きました。
そういうことって別に珍しくないと思っている。

 

これって30年くらい昔に読んだ、パニック障害(当時はまだ
不安神経症と呼ばれていた)への対処と同じだった。

「認めて、受け入れて、浮かんで通る」こと、という。

 

30年以上悩まされていたパニック障害から立ち直った現在、
やっぱり基本的にそれは大切なことだと思っている。


「なんだよ、あんたの言うとおりだったじゃないか」と肯定してくださる方と
対峙できる日が来るのを、私は心から楽しみにお待ちしております(^^)

 

 

 

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