つれづれ日記ー逝春抄ー

お絵描きと介護で多忙な日々 双極性2型障害と気長に共生中

宇宙に励まされて生きること

なんとか5時には起きました。が、頭痛がします。8時過ぎに家を出る予定です。通院日だけど、暑いからやだなあ… (ーー;)

ゆうべ、InDesignの本をぱらぱら見ていて、なるほど、IllustratorにもMuseにもそれぞれ似てるところや共通点があるなあ、と納得しました。きっと実際に使ってみれば馴染むのは早いと思います。おなじみのAdobeインターフェイスだし。これでパンフレットやリーフレットを作る仕事がしたいなあ、と願ってしまいます。

昔、同人誌を作っていた時代に、こういうソフトがあれば、原稿作りも入稿もさぞかし楽だったと思うなあ…。まあ、便利になっても中身がなければどうしようもない現実はありますけどね (^_^;) 電子書籍なんかかなり簡単に作れてしまうなあ。なんとなくつい、野望を抱きそうで怖いです。

ところで。

かなり幼い頃から、私はいわゆる輪廻転生というようなものを信じていたようなふしがあります。たとえば子供に「どうして人を殺しちゃいけないの?」と訊かれたら、「その罪は現世を越えて、後の世の転生先でも、巡り巡って結局は自分に返ってくるからだよ」と答えるだろうな、と容易に想像出来ることからもわかります。

理屈で説明出来なくても、なにしろ子供ですから本能に近しい理解の仕方をしていたと思われます。

それゆえか、私はかなり個性的な子供だったと思います。幼稚園に入ろうが学校に通おうが、ひたすらにマイペース&マイウェイ。楽しくもないのに強要されるみんな一緒の「お遊戯」が大嫌いで、とにかくお絵描きと読書ばかりに忙しくしていました。(現在となんら変わらない)でも他人と遊べないわけではなく、気の合った2,3人の友達と遊ぶのはそれなりに楽しかったです。

引っ越したので、今では1冊も残っていませんが、幼稚園時代に描いたお絵描き帳は何十冊に及んだと思います (^_^;) その内容も結構自分では覚えていて、カラフルなドレスや着物をまとったお姫さまや動物たちという、これもまた現在そのままのモチーフばかり山のように描いておりました (^_^;)

とにかく私はそれだけあれば幸せだったので、「大きくなったらなんになるの?」というような質問には多分答えられなかったんだろうと思います。実際、なにになりたい、という明確な意志がなかったんですよね。ずっと絵だけは描き続けていきたかったけど、それでプロになるとかそういうのはわりとどうでもよかったのでした。

普通の女の子が憧れる「お嫁さん」になりたい、というのも、実に一度も憧れたことがありません。当時から「お嫁さん」とか「結婚」とかは想定の範囲外でした。

思春期になって、好きな男の子が出来てもそれはなにかをもたらすわけではなく、どちらかというと男の子とも女の子とも「友達づきあい」が一番気楽でよかったんですよね~。高校生になって、男の子の話ばかりしているクラスメイトが謎の存在でした。

私はもともと持って生まれた「生命エネルギー」の単位が他の人に比べたら低いのだと思います。創作に力を入れたらそれだけで消耗してしまうくらいに。だから余計に恋愛に気を取られる余裕が少なかったみたいです。

それでも高校生くらいになると、まわりとの軋轢を微妙に感じていたのか、特に高二の秋に内臓の病気をして長期欠席をして以降、ストレスを感じることが多くなりました。学校と自分とがあまり合っていなかったこともありますね。

その頃のことは自分ではあまり記憶にないのですが(ちょっと離人症っぽくなっていたし)鞄の底にナイフだか大型のカッターだかを入れていたのを両親が見つけまして。どうもいつでも自決する覚悟でいたようです。

で、まあそのまま大学に進むわけでもなく、自宅療養に入ります。幸いにしてうちの両親は理解ある人たちで、私が子供の頃から何度も死にかけたからか、もとより変わった子だと思われていたからか、ああしろこうしろとは一切言わずにいてくれたのでありがたかったです。

手に技術をつけたいと思って、洋裁を習い始めました。アルバイト的にご近所さんの頼まれものを作れるようにもなりました。自分のフォーマルやらコートやスーツなども。

それでも二十歳くらいになると、なんとなく着物が増えていくんですよ。喪服から訪問着から浴衣から…。ああ、これはやっぱり嫁入り支度だなあ、と思いました。普通の若い女性ならここでお見合いでもするんだろうな、と沈んだ気持になりました。そうしたら象徴的な夢を見たんですよね。

夏の一本道をまっすぐ歩いていくと行き止まりなんですが、そこがお墓なんですよね。墓地。怖いとかそういうのではなくて、ものすごい空白感というか無常感みたいなものに襲われました。直感的に「これは私の結婚観だ」と悟りました。

で、またその夢のことを正直に親に話して、納得してもらいました。おかげで見合い話の類いも持ち込まれることは一度もありませんでした。

やれやれ、と思った私は今度は医療事務の通信教育を受講して、やがては小児科医院に勤務することになります。

同世代の友人がどんどん結婚していっても「よかったね~」と思いこそすれ、自分にはまったく関係がないこと、と非常に自由な気持を味わっていました。よほど好きな人と出会ったりしたらその時はまた考えよう、という私に「適齢期」なんて言う言葉は初めから死語でした (^_^;)

なんか自分が堂々としていると、誰にもなんにも言われることがないんですよね。これって面白いことですが、いじめに遭ったことがないのも同じ理由かな?と考えています。あまりに自然に私らしく生きていると、誰のなんの邪魔も入らないのですね。まるで見えない力が助けていてくれるみたいに。(いまにすると、やっぱり自分はインディゴチルドレンかもね、と思えるけど)

いや、そして私の現世の課題に「結婚」というのは当初から含まれていなかったんだ、と今でも思っています。みんな多分それぞれに違う課題を持って生まれてくるんだと思います。その人らしい人生を生きている時、その人は最も輝くし、それが仮に大多数のパターンにはまらないとしても、他人がとやかく言う権利もなにもないと思います。世の中「いらんこといい」が多いからうっとおしいんだけどさ (ーー;)

ま、「これが私」と思えたら、まわりの雑音なんか気にしないでいいと思います。それがきっと魂の課題でもあると思うから…。

私もこの病気も今生の課題の一つだと思ってるんですよね。だから諦めないし、負けたくもないな、と思います。クリア出来た時に得られるものは(たとえ生涯が終わったあとでも)すごく大きいと思うので… (^_^;) 自殺を選ばないのも、そのスピリチュアルとも言うべき宇宙観と生命感のゆえんだと思います。