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両親の介護も一段落 双極性2型障害と気長に共生中

「出来ない自分」を愛せるか?

ここしばらく、なるべく救心を飲むまいと頑張ってたんですが、ひどく気分が悪くなるとどうしようもないですね。嶺 やはり日に1度は頼ってしまいます。これと精神安定剤を2種類服用しますと、30分くらいすると次第に気分がましになってきます。でないと動けないから仕方がありません。自分が動かないとどうしようもない時ってままありますし…。蓮

夕方あたりから雨になるらしいので、朝一番で買い物に行って来ました。お米10キロ肩に担いだためか、いまだに右手が痺れて気持ち悪いですね。昔、かなり長期にダンベル体操とかやってましたので、結構腕の力はあると思うんですが(^^;)

今日は2時に看護師さんが来てくれます。今朝も父には自然なお通じがありましたので、ほぼ毎日お腹のリズムが整ってきているようです。緩下剤の量をちょっと減らすべきか、相談してみませんとね~。

ここしばらくの騒動で、意外にも結構エネルギーをもらえた自分に驚いています(^^;) 敵は外部にあった方がいいみたいだな~、と思ってしまったりして…(^^;) …いや、怒りの矛先を向けられた相手には申し訳ないくらいに思ってはおりますが…。嶺

他の人の場合はどうかわかりませんが、私に限って言えば、鬱の波の下にいる時は、そういう攻撃の対象が自分自身になるんですね。これがかなりきついです。嶺

「ガソリンが入っていない車を走らせようとして、いくらアクセルを踏んでも走らないのと同じ状態な、エネルギーそのものが低下している病気」なんだってことを理屈ではわかってるんですね。

それが自分ではなく、他の誰かでしたら、それも個性みたいなもんだしね、と認めてあげられるんです。だから同様に自分を責めても仕様がないんですが、なにしろ自分の中では「100%頑張れた頃の自分」というクリアなモデルがあるものですから、その時の何分の一しか出来ない自分が歯がゆくて悔しくて許せなくなるんですよ。輦

だから「おまえみたいに役立たずな人間は必要ない」というふうに自分に対しても思ってしまうわけです。元気な時に10の仕事をこなせた自分。それと比較して現在は1とか2くらいのわずかなことしか出来ない自分が不甲斐なくて許せなくなるんですよ。そういう厄介な病気見たいですね、鬱って。もともとこういう病気になる人は完璧主義が多いと言われてますし。

自分を責めて闘って、負けて絶望してしまう人が自殺に至るのかもしれません。

「1か2のことしか出来ない自分」を認めて、受け入れて、それを愛せるかどうかで違ってくるんだと思います。私も長年付き合っている病気ですが、それでも時々制御が難しくなります。蓮 困ったものです。

まあ、ですから、そういう時に身近な理解者が必要なわけですね。何も言わずとも、ただ「自分が許せない人間」をそのままに認めて受け入れてくれる人がひとりでも側にいてくれればそれで充分なんですね。「1か2のことしか出来なくてもそれでもいいんだよ」という理解は必要ですね。

そうして、自分自身が「出来ない自分を認めて、許していけるようなる」ところから、立ち直るきっかけが生まれるんだと思います。

私と同じように悩んでいらっしゃる方々、ひとりぼっちではありませんので、勇気を出してくださいね。撚

それと、そういう病気の方が身近にいらしゃっる場合、認めて、許して、そしてただ黙って側にいてあげてください。それが一番のエネルギーの源になるんだと思います。

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