つれづれ日記ー逝春抄ー

お絵描きと介護で多忙な日々 双極性2型障害と気長に共生中

筆まめだった頃

 雲が秋の色になりつつあります。乾燥していて、気持ちがいいですね。どうやら私が苦手なのは暑さそのものよりも高湿度のようです。同じ汗をかいても気持ち悪いですもんね。くせ毛はくるくるになってしまうし。蓮

列 11時から、父の入浴なんですが、昨日から今朝に描けて、防水シーツまで取り替える交換が3度ありまして、このままでは着替えとシーツの替えがなくなってしまうので、夜中の3時に洗濯というご近所迷惑なことをしてしまいました(汗)嶺 うちのは全自動ではないので、10分弱の最短で終わらせましたが。おかげでなんとか乾きそうです。玲

今朝はすでに寝不足だったので、1時間朝寝をして、買い物にも行ってきました。午後くらいから、たまっているお手紙の返事とか書けるといいなあ、と思うのですが。

Web拍手ありがとうございます。

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亮 このところ、アナログで手書きの文字を書くということが、めっきり苦手になってしまいました。嶺文字のみならず、文章を書くのも駄目だなあ、と思います。キーボードで書く、ということに慣れてしまったために、キーを叩きながら考えるのが当たり前になってしまい、ついでに手書きの文字を書くとやたらと肩が凝るんですよね。蓮困った状態ですね。

私が一番たくさんの文字を書いたのは20代かもしれません。当時は医療事務の保険請求をやっていましたし、もちろんPCのある時代でもなかったので、レセプトはすべて手書き。月に1本、ボールペンを使い切りました。何百枚だからかなり大変でした。

プライベートにも友人に一番たくさん手紙を書いた時代です。それこそ週に何十枚単位でしたね。我ながらよく書いたものだと思います。手紙を書くのには比較的柔らかいペン先の万年筆を愛用していました。市販の便箋じゃ不経済だし、っていうので、オリジナルの便箋もいっぱい作ったのですね。昔の私は筆まめだったなあ…つくづく…。蓮

そういう生活で腱鞘炎になったのは実は左手の方でした。私はもっぱら絵は左手で描きますので、その後、始めた版下製作の仕事で、切って貼っての作業でも左手を使っていたんですね。同時に漫画も描いていましたし。圧倒的に左手の仕事量が増えて腱鞘炎に…(汗)嶺

まあ、それもMacが導入されてましになりました。手の疲労は今が一番ましかもしれません。そのかわりに眼がなかり疲れますが。怜

でもなあ…。手書きをしないと感じを忘れる度合いがひどくなっていってしまうんですよ(汗)それが難かも。読めても書けない漢字が圧倒的に増えます。玲

母を見ていると加齢と共に漢字を忘れるのは無理ないことかもしれないなあ、とは思ったりもするんですけど…(笑)それなりの頭の体操は必要かもしれません。